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2026.05.14小学生に国語塾は必要?中学受験対策に留まらない通い方をご紹介

「将来、中学受験を考えているけどうちの子は国語が苦手」「小学生のうちに国語塾に通わせたほうが良い?」と悩む保護者の方は少なくありません。

国語は数学や英語と比べて家庭学習で対策しやすい教科と思われがちですが、実際には国語力も学年が上がるにつれて、一気に差が開いていきます。

そこで本記事では、小学生のうちに国語塾へ通う必要があるのかどうかを整理し、通うメリットや塾選びのポイントを解説します。

小学生に国語塾は本当に必要なのか?

「塾=受験対策」というイメージを持つ方も多いですが、国語塾が果たすべき役割はそれだけではありません。国語力はすべての教科の基礎となるため、どの段階から勉強を始めても、「早すぎる」ということはないでしょう。

「国語は家庭学習で十分」と思い込むことのリスク

これまでの子どもの成績を見て、「国語は家庭学習で十分」と考えるご家庭も多いはず。しかし、独学で学習を進めると、やがて長文読解や記述問題などに徐々に対応できなくなるケースも見られるのが事実です。

そこで必要なのは単なる受験対策ではなく、大人になっても役立つ思考力を伸ばす国語塾。確かに読書や問題集などで課題に取り組むことはできますが、これまでの自分になかった視点を取り入れるというのは国語塾だからこそ積極的に出来ることでしょう。

英語・数学教室より「ピアノ」「水泳」を習わせる感覚に近い

小学生の子どもを国語塾に通わせるべきかを考えるとき、よく比較されるのが英語や数学などほかの教科との優先順位です。しかし、国語塾はそのような学習塾とは異なり、「ピアノ」や「水泳」といった習い事に近い性質があります

ピアノや水泳は、短期間で結果が出るものではなく、練習を継続することで少しずつ力が身についていきます。そして、全員が一流選手やプロの演奏家を目指して通っているわけでもありません。

それらと同じように国語力も、日々の積み重ねが読解力や語彙力を育みます。問題を解くだけでなく、今まで使わなかった表現や読まなかった本に触れることで、将来に役立つ読解力・記述力が養われるのです。

実際、当塾(志高塾)は「今後生き抜く上で糧となる経験を詰ませたい」という意向で入塾したご家庭がほとんど。国語塾が必要かどうかを考える際は、「今すぐテストの点数を上げるため」ではなく、「長く使える力を育てるため」という目的もあるのです。

国語塾に通うことで得られる3つのメリット

小学生に国語塾が必要かを考えるうえで、通うメリットを理解することは重要です。ここからは、小学生が国語塾に通うことで得られる代表的な3つのメリットをご紹介します。

今後の支えになる読解力が身につく

国語塾に通う最大のメリットは、読解力が体系的に身につくことです。読解力とは、文章の内容を正しく理解し、筆者の意図を読み取る力を指します。

多くの小学生は、目の前の文章を主観に従ってなんとなく読んでしまいがちですが、国語塾では「どう考えればその答えにたどり着くのか」を徹底的に掘り下げます。これを繰り返すことで、たとえ取り上げられる題材が変わったとしても、着実に内容を理解できるようになるのです。

つまり、小学生のうちに読解力を身につけることは、その後の学習はもちろん、与えられた情報を精査するという場面でも大きな支えとなるでしょう。

語彙・表現が豊富になる

国語塾に通うことで、語彙力や表現力が大きく伸びる点も見逃せません。

例えば、当教室(志高塾)の場合は、まず子ども達に要約作文をさせるなかで、本文に登場する言葉の引用を禁止しています。具体的には、教材に「桜の花に見とれていた」とあれば、「桜のきれいさに言葉を失った」「桜の美しさに圧倒されていた」のように言い換えられます。

また、「嬉しそう」を「楽しそう」に、「不安」を「心配」に、といったように逐語的に置き換えられることもありますが、それだけで太刀打ちできない場合には、その題材の内容自体を消化しなければなりません。上の例では「桜の花に見とれていた」場面を想像することがその一歩になります。そこで初めて「要はどういうことか」という点に踏み込んだ言い換えになるのです。

このように表現力が豊かになると、文章の意味を正確に理解できるようになるだけではなく、自分の考えを伝える力も磨かれます。これは作文や記述問題だけでなく、学校生活や社会に出る上でも重要な力です。

全教科の成績アップが期待できる

国語塾に通うことで、他教科の成績向上が期待できる点も大きなメリットです。国語力が高まると、問題文の理解力が向上し、算数の文章題や理科・社会の記述問題にも強くなります。

例えば算数において、解答時間が足りなくなる子のなかには、計算そのもの以前に、設問を読み切るまでに時間がかかっているケースも少なくありません。このような場合、まず読解力を伸ばすことで根本的な改善が期待できます。

また、たとえ分からない箇所が出てきた場合にも、「どこまでは理解できたのか」「何が分からないのか」を相手に説明できるようになるため、学習全体の効率が上がるでしょう。

中学受験対策だけじゃない!国語塾の本当の役割

小学生にとって国語塾は、中学受験対策のためだけの場所ではありません。むしろ本質は、将来にわたって活きる力を伸ばすことにあります。

論理的思考力を育てる学習環境の提供

近年AIがあらゆる場面で活用されるようになっている一方で、それに取って代わられない力として「考える」「伝える」力が求められています。国語塾で「なぜそのように言えるのか」「他にどのような視点があるか」を念頭に置いたやりとりを重ねることは、まさにその力に繋がるといっても過言ではありません。

例えば、当教室(志高塾)の場合、読解問題を解く際には、本文のどこに根拠があるのかを確認しながら考えます。「ここにこう書いてあるからこの答えになる」と説明できる状態を目指すことで、言葉を表面的に受け取るのではなく、複数の物事を関連づけて把握することが可能です。

また、講師や他の生徒など自分とは異なる視点に触れることも、考え方の幅を広げるきっかけになります。論理的思考力は一朝一夕で身につくものではありませんが、育つ環境に身をおけば、AI時代を生き抜く力にもなり得るでしょう。

学生生活におけるサードプレイスに

小学生にとって学習塾は、単に苦手な教科の勉強をする場所に留まりません。家庭や学校とは異なる「第三の居場所」、いわゆるサードプレイスになることも必要な役割です。

当教室(志高塾)では、学校・学年の異なる生徒が同じ空間で授業を受けていることもあり、生徒それぞれの学校やご家庭とは違った一面が垣間見えることもあります。講師との対話や他の生徒との交流を通じて、学習に取り組む姿勢が変わるケースも珍しくありません。

小学生にとってその習い事が必要かどうかを考える際には、このように「その環境で得られる体験」にも目を向けることが大切です。

失敗しない国語塾の選び方

国語塾は数多くありますが、指導内容や方針によって得られる効果は異なります。将来的なメリットを重視するのであれば、受験の合格実績だけではなく、以下のようなポイントを確認しながら教室を選ぶと良いでしょう。

指導内容のバランスを見る

国語力は、語彙力・読解力・記述力の3つがそろってこそ、本領を発揮します。例えば、語彙力が足りなければ文章はただの「単語の羅列」に見えてしまいますし、問われていることが理解できても答え方を組み立てられなければ、解答は的外れなものになるでしょう。

しかし、一部の学習塾では、文章を読んで設問に答える「演習」を中心としていることも事実です。実際、当教室へ体験授業に来られる親御様のなかには「問題数はこなしてきているはずなのに、記述になると手が止まる」という悩みを打ち明けられた方もいらっしゃったため、単なるテストの繰り返しになっていないかどうかは確認しておいたほうが良いかもしれません。

個別指導と集団指導の違い

個別指導、集団指導のどちらを選ぶのかについては、お子さまの性格だけでなく、現在の「国語の習熟度」に合わせて考えましょう。

具体的な違いとしては、まず個別指導では、一人ひとりの課題を即座に見つけ、修正できるのが最大のメリットです。書き方の基礎が固まっていない子や、国語への苦手意識が強い子には特に適しています。

一方で、ある程度の読解力があり、演習でさまざまな文章に触れていきたい子の場合は、集団指導も選択肢のひとつになります。ただし、講師一人に対して複数人の生徒という指導形式になる分、分からない点は自ら質問・復習する積極性が必要になるでしょう。

体験授業で確認すべきポイント

国語塾の体験授業では、その教室が「答えの根拠となる部分をどのように示しているか」に注目してみてください。例えば、「ここにこう書いてあるから、答えはAです」と、断片的に文章を取り上げたり、解説を読み上げたりしているだけの授業では、生徒自身の考える時間が足りず、初見の文章への対応力がなかなかつきません。

一方で、「この傍線部の指示語は何を指している?」「文章全体を通して筆者は何を一番伝えたかったんだろう?」と、生徒が自力で正解にたどり着くための問いを与えている教え方の場合は、本質的な国語力の向上が期待できます。

添削の際にも「ここは同じ表現を繰り返しているから別のものにして」、「余計な情報があるからそれがどこかを考えて削って」などと指摘や指示を繰り返している方が、実は子どもの語彙力向上には効果的。一方的に赤ペンで正しい表現を書き加えるのではなく、その子自身が今知っている言葉を「使える言葉」にしていくことが、小学生の間に積むべき国語の勉強です。

小学生の国語塾をお探しの場合は志高塾へ

小学生のうちから国語塾が必要になるかどうかは、子どもの学習状況や将来考えている進路によって異なります。しかし、国語力が学習全体の土台であることは、今後どのような道に進むとしても変わりません。

志高塾では小学1年生から高校3年生まで、一人ひとりに合わせた指導で、中学受験はもちろん、将来にも役立つ「本質的な国語力」の定着を目指しています。

無料の体験授業では、お子さまに要約作文に取り組んでもらい、保護者の方には現在のお悩みや今後の学習方針について伺わせていただきますので、ご希望の方はぜひ下記よりお問い合わせください。
▶お問い合わせはこちら◀

 

2026.04.05国語力を伸ばすには?学年別の効果的な勉強法を国語専門塾が解説


「うちの子、読書は好きなのに国語の点数にはつながらない」
「学年が上がるにつれて、国語の成績が下がってきた」

そんな悩みを抱える保護者の方は、実は多くいらっしゃいます。算数ならまず簡単な計算、英語なら単語暗記と勉強法がイメージしやすいのに対し、国語は何をどう勉強すればいいか見えにくい教科です。

しかし、国語力はすべての教科の土台。国語力が低いと、算数の文章題、英語の長文などあらゆる分野の学習で影響が出てしまうこともあるでしょう。

そこで、この記事では、作文・国語を中心に指導する学習塾の視点から「国語力を伸ばすには何が大切か」を学年別にわかりやすく解説します。ご家庭でできる習慣や塾の選び方もお伝えしているので、ぜひ参考にしてみてください。

そもそも「国語力」とは何か?

 「国語力を伸ばすには何をすべきか」を考える前に、まずは国語力とは何を指すのでしょうか。

 一般的に国語力とは、読む・書く・聞く・話すという4つの言語能力の総合的な力を指します。学校のテストでは主に「読む」「書く」が評価されますが、実際には「聞く」「話す」といった日常のコミュニケーションを行うためにも欠かせません。

 さらに学習面では、国語力は次の3つの力に分けて考えると理解しやすくなります。

論理的思考力:筋道を立てて考える力

表現力:考えを伝わる言葉にする力

読解力:行間を掘り下げ、真意に到達する力

 この3つがバランスよく育つことで、はじめて「国語力が高い」といえる状態になるのです。

 また、国語力は単に国語のテストだけに関係するものではありません。算数の文章題や英語の長文、理科・社会の記述問題においても必要です。さらに、豊富な語彙と表現技法を身につけ、場面や相手に応じた表現を学べば、将来プレゼンテーションや面接でも大きな武器になるでしょう。

国語力が足りない子の共通点

当教室では、多くの生徒を指導してきたなかで、国語力の伸びしろがある子にはいくつかの共通点があることがわかっています。特に次の3点は、多くのご家庭で見られるため「うちの子にも当てはまるかも」と感じた場合は、早めの対策をおすすめします。

本を読む習慣がない

国語力を伸ばすための第一歩は、文章に触れる時間を増やすこと。本を読む習慣がない子は、どうしても新しい言葉に接する機会が少なくなってしまいます。ただし、頭ごなしに「読みなさい」と強制するのは逆効果になることも。

 読書を習慣づけるには、まずは子どもが興味を持てそうなジャンルの本を選んでください。最初は、絵本やページ数の少ない作品から始めても問題ありません。その子自身が読書を「面白い」と感じられるように促すことが大切です。

語彙が少なく、文章を読むのに時間がかかる

 国語のテストで点数が取れない原因の一つが、語彙力の不足です。文章の意味を正しく理解するには、言葉の意味を知っている必要があります。

 例えば、説明文の中に知らない言葉が多いと、読み終えるまでに時間がかかります。さらに内容を理解することができず、設問に対して見当違いの答えを書いてしまうことがあるでしょう。

 一方で、ある程度言葉を知っていれば、たとえ知らない単語が出てきたとしても、前後の文脈からその意味を推察できます。結果として、文章を読み解くスピードが格段に速くなるのです。

「なんとなく」で問題を解いてしまう

 国語の解答でよく見られるのが、「なんとなく」で答えを選んでしまうケース。文章の内容をきちんと読み取らず、感覚で選択肢を選んでしまうと、着実に点数を積み上げることはできません。特に、小学校高学年以降は文章の内容が難しくなるため、この解き方ではすぐに限界に達してしまいます。

 国語のテストで高得点を取るには、設問に対して、「根拠をもって」答える癖をつけることが重要です。出題された文章のどの部分をもとに考えたのか、なぜその選択肢になるのかを説明できるようにすることで、読解力は大きく伸びます。

【学年別】国語力を伸ばす効果的な勉強法

ここからは、学年ごとにおすすめの国語の勉強法をご紹介します。お子さまの学年に合ったやり方を取り入れてみてください。

【前提】必要なのは学年ではなく習熟度別の対策

学年別の勉強法をお伝えする前に、一つ大切なことをお伝えします。

実は、国語力を伸ばすうえで重要なのは、学年ではなく、その子自身の習熟度に合わせた対策をすることです。例えば、同じ小学5年生でも、低学年の頃に身についた語彙力で止まっている子もいれば、中学生レベルの文章をすらすら読める子もいます。

その点を考慮せず、学年だけを基準に教材や勉強法を選んでしまうと、「簡単すぎてやる気が出ない」「難しすぎてついていけない」という状況が生まれやすくなります。大切なのは、今その子がどこでつまずいているかを正確に把握することです。

それに伴い、ご紹介する学年別の勉強法も、あくまでもその学年で達しておくことが望ましい「ひとつの目安」としてご確認ください。

小学校低学年(1〜2年生)

 人間が言葉を覚え、使えるようになるのは「聞く→話す→読む→書く」の順だといわれています。そのため、この時期のポイントは、本を読み聞かせたり家庭内の会話量を増やしたりして、新たな言葉に触れる機会をできるだけ増やしましょう。

おすすめの勉強法

・絵本、児童書の読み聞かせを習慣にする

・絵や写真など、目の前にある対象をよく観察するよう促す

・日記や学校の出来事を短い文章で書く練習をする

新たな表現に出会うと、子どもは自分の中で想像を広げ、そのイメージを掴もうとします。さらに、その際に感じたことを日記を書いたり、学校であった出来事を文章にしたりすると記述力も鍛えられます。

 低学年のうちにさまざまな表現に親しんでおくことは、子どもが主体的に伸びる力を育むことにつながるのです。

小学校中学年(3〜4年生)

3〜4年生になると、日常生活で触れる文章の内容が少し複雑になります。この時期は語彙力を高めることが、国語力を伸ばす大きなポイントです。

おすすめの勉強法

・物語だけでなく、図鑑・伝記など読書のジャンルを広げる

・知らない言葉が出たら辞書で調べる習慣をつける

・「その時どう感じたの?」「この文章で一番伝えたいことは何だと思う?」など子どもの考えを引き出す質問を投げかける

これまで触れて来なかったジャンルの作品を読むと、自然と語彙が増えていきます。さらに、親子の会話において要約の練習を重ねると、要点を掴む力も身に着いていくでしょう。読む・考える・まとめる、この3つをバランスよく続けることが大切です。

小学校高学年(5〜6年生)

 高学年になると、やや長い説明文・論説文なども単元に加わります。

 ここで注目したいのが、接続詞と指示語です。「しかし」「つまり」などの接続詞は、文章の流れを紐解く手がかりになります。また、「これ」「それ」といった指示語が何を指しているのかを正しく理解することも読解の基本です。

おすすめの勉強法

・接続詞・指示語に注目しながら読む

・各設問において「何を問われているか」を把握してから答える

・記述問題では本文の引用に頼らず、自分の言葉を使って書く

 記述問題では、本文の言葉をかなり引用できるものでも、できる限り自分の言葉で書くことが大切です。深く考えずに引用してしまうと「なんとなく」で答える癖が抜けず、中高生になった際に複雑な長文に対応できません。

中学生

 中学生になると、説明文や評論文の読解に加えて、意見作文・古文・漢文の勉強も必要です。

おすすめの勉強法

・意見作文は「自分はどう思うのか」「それはなぜか」を意識して書く

・過去問・模試では「なぜその答えになるか」を考えてから解説を確認する

・古文単語と基本文法を定着させる

国語力を伸ばすには、過去問や模試を使った実践演習も効果的です。その際には、「なぜその答えになるのか」を理解することで、表面的な読み方ではなく、筆者の意図や背景まで洞察できるようになります。

高校生

 高校生になると、大学入試を見据えた高度な読解力が求められます。大学入試における国語は文章が長くなることはもちろん、内容も抽象的なテーマが多くなるのが特徴です。

おすすめの勉強法

・哲学・社会・文化など幅広いテーマの文章に触れ、背景知識を増やす

・過去問・模試で時間配分を意識しながら実践演習を積む

 高校で学ぶ国語では、これまでの学習で積み上げてきた読解力・表現力が大きく影響します。基礎が固まっていないと感じた場合は、中学入試レベルの読解問題で復習をしても構いません。古文や漢文においても、考え抜くための材料が少ない場合はやみくもに演習をこなすのではなく、まず知識を補うところから始めてください。

家庭でできる!国語力アップの習慣

国語力を伸ばすには、学校や塾での学習だけでなく、家庭での習慣が大きな役割を果たします。特別な教材がなくてもできることはあるため、ぜひ取り入れてみてください。

親子での会話を増やす

 会話が多い家庭では、子どもが自然と多くの言葉に触れるため語彙力が育ちやすくなります。「今日学校でどんなことがあった?」「その話、もう少し詳しく聞かせて」といった声かけだけでも十分。話をしっかり聞いてもらえる経験が、子どもの「自分の言葉で説明したい」という意欲を育てます。

 さらに意識してほしいのが、子どもが話した内容をただ受け取るだけでなく、「それはどういうこと?」「なんでそういう気持ちになったの?」と対話を重ねることです。「伝え合う」という双方向のコミュニケーションになると、共感や思いがけない気づきが生まれやすく、わが子が成長する絶好の機会となります。

テレビやニュースを話題にして「意見を言う」練習

 テレビやニュースを見たあとに「どう思う?」と聞くだけでも、考える力と表現力が鍛えられます。ここでは正解を求めるのではなく、自分の考えを言葉にする機会をつくることがポイントです。自分の考えを述べることを求める問いは、子どもが生来もつ想像したり推論したりする力を引き出すきっかけになります。

 加えて、保護者の方も「お父さん/お母さんはこう思う」と自分の意見を伝えてみてください。子どもは、周囲の大人の話し方や言葉の選び方を自然と吸収します。「なるほど、そういう見方もあるんだ」という体験を重ねることで、物事を多面的にとらえる力が育ちます。

本・教材を子どもと一緒に選ぶ

 国語力を伸ばすには、興味関心に沿った本を選ぶことが大切です。本屋や図書館では、子どもが「読みたい」と手に取った本を却下せず、一緒に開いてみましょう。自分で選んだ本を最後まで読み切る経験は、子どもにとって達成感があり、次の本に進む意欲につながります。

 問題集を選ぶ際も、いきなり難しすぎる教材や志望校の赤本に手をつけると、実力との間に差があった際に、挫折してしまうリスクがあります。そのため、まずは子どもが「これくらいなら解けそう」というものから始めて、徐々にステップアップを図ってください。

塾と家庭学習、どう組み合わせる?

塾で国語の勉強をする場合も、家庭における復習は欠かせません。ここからは、その具体的な取り組み方の違いについて解説します。

国語専門塾、作文教室でしか学べないこと

 国語専門塾や作文教室では、「なんとなく解く」から「根拠をもって解く」へ転換できるように指導します。さらに、読み方・書き方を基礎から学ぶことで、家庭学習だけでは気づきにくい「その子自身の課題」が明確になるでしょう。

 特に国語専門塾が力を入れているのが、答えを導くまでの思考プロセスの指導です。「なぜその答えになるのか」を言語化する練習を繰り返すことで、初めて読む文章でも落ち着いて読み解ける力が育ちます。この力は一度身につくと、テストの種類や文章のジャンルが変わっても安定して発揮される実力になります。

家庭学習は「習慣づけ」、塾は「きっかけ」に

 家庭学習は毎日の読書、学校で学んだことの復習など学習習慣をつくる役割を担います。一方で塾は、「問題を解く際に何に気をつけるべきか」を学ぶきっかけになります。この2つをうまく組み合わせることで、国語力は効率よく伸びていくのです。

 そして、大切なのは、塾で学んだことを家庭や学校で実践すること。例えば、「読書中に接続詞や指示語に注目する」「教科書の内容を一文で要約する」といった小さな習慣が、塾での学びを定着させます。

塾選びのポイント

 塾で国語を学びたい場合は、次の3点に注意すると良いでしょう。

①小手先のテクニックではなく、将来に役立つ力を育もうとしているか

②記述問題や小論文の添削に対応しているか

③一人ひとりの現状、進路希望に合わせた指導をしているか

また、体験授業を実施している塾では、実際の指導の雰囲気を子どもと一緒に確認することができます。その際は「先生の説明がわかりやすいか」「前向きに取り組めそうか」を子ども自身に確かめることが、塾選びで後悔しないための一番の近道です。

志高塾なら一人ひとりに合った指導が可能

国語力を伸ばすには、短期間での劇的な変化を求めるより、論理的思考力・表現力・読解力を少しずつ着実に育てることが何より大切です。「何から始めればいいかわからない」という方は、まず親子の会話を増やすこと、子どもが好きな本を一冊選ばせることから始めてみてください。

 志高塾では、受験にも将来にも役立つ「本質的な国語力」を身に付けさせるため、一人ひとりの希望に合った授業を行っています。「国語の勉強法がわからない」「小論文の対策をしたい」などお困りの場合は、ぜひ一度無料の体験授業へお越しください。

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2026.02.062026年度 受験結果

6年生進学先一覧

6年生21名(西北12名、豊中5名、高槻3名、オンライン1名)の進学先は下記の通りです。

追手門学院;2名(うち1名は内部進学) 大阪教育大学附属池田(内部進学);1名
小林聖心女子学院;1名 関西大学中等部(内部進学);2名 甲陽学院;1名 三田学園;1名
親和;1名 同志社;2名(うち1名は内部進学) 同志社女子(内部進学);1名
梅花;1名  百合学院;1名  立命館宇治;1名 六甲学院;1名 公立;4名 その他;1名

2008~2026年度累計
灘;受験者12名中8名合格
甲陽学院;受験者24名中18名合格

高校進学先一覧

中学3年生7名(西北3名、豊中3名、高槻1名)の進学先は下記の通りです。

中学3年生の進学先(受験)

大阪学院高等学校,大阪府立池田高校,
関西大学第一高等学校,利晶学園大阪立命館高校

中学3年生の進学先(内部進学)

大阪星光学院,岡山高等学校,六甲学院

大学進学先一覧

高校3年生、浪人生の進学先は下記の通りです。

大阪公立大学医学部リハビリテーション学科,
金沢大学人間社会学域国際学類,
関西大学環境都市工学部建築学科,
京都府立大学環境科学部環境デザイン学科,
近畿大学国際学部国際学科,
国際基督教大学,
東京大学文科三類

2025.08.27「読み聞かせクラス」無料体験授業のお知らせ

未就学児向けの「読み聞かせクラス」がいよいよ開講の運びとなりました。
それに伴い、10 月 2日(木)、3日(金)のいずれも15時~16時で無料体験授業を西宮北口校で行います。
興味をお持ちの方が周りにいらっしゃいましたら、ぜひお声がけ頂けますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2025.08.07YouTube開設と松蔭のセミナー動画のお知らせ

このたび、志高塾の公式YouTubeが開設されました。
また、第一弾のコンテンツとして、代表の松蔭による動画「我が子に、国語の勉強をもっとさせてみたくなるセミナー~受験とその先を見据えて~」が公開されています。
お時間のあるときに、下記のリンクからご覧頂けましたら幸いです。

今後も、みなさまにとって有益な情報を提供できるよう新しいコンテンツを随時発信してまいりますので、ぜひチャンネル登録もよろしくお願いいたします。

2025.07.29「卒業生の声」ロングバージョン(岡本真裕)

1,中学高校時代
 私は小中高一貫の学校に通っていた。小学校6年次の4月に「起立性調節障害」と診断され、その後中学に入学してからも体調によっては2限目から行ける日もあるものの、平均すると4限目から行ける程度で授業への出席はあまりできていなかった。中学3年生になると、高校で通信制に行くことを考え始める。しかし、授業には出席できていなくとも、宿題や課題の提出を欠かさずしており、学校のテストでも平均点以上を取っていたため学校の先生には高校に上がることを勧められた。その勧めに従い、とりあえず進学することを決める。
 しかし、コロナが直撃した高校1年次の春、学校に通うことに体力を使い果たしては大学受験ができないと判断したため、1年次の1学期で退学した。通信制の高校もいくつか訪れてみたが、私は不登校に分類される中では自分で勉強をしていたため、進度が合う学校が見つからず、高卒認定を取得し個別の進学塾に通う判断に至った。
 その後、高校1年次の秋に高卒認定を取得し、医学部を目指し勉強に励んでいたが、高校2年次の1月にまた体調を大きく崩し、志望校を慶應義塾大学SFCに絞ることに決める。医学部に行った場合は精神科医になりたいと思っていたため、文転に伴って分野の近い心理学部に強い大学を調べることにした。その中でSFCでは脳科学の勉強ができると知り、心理学と脳科学を組み合わせて勉強したいと思った私はSFCを第一志望にしたのであった。
 SFC受験にあたって小論文と英語のレベルを大幅に上げることが必要となり、高校3年次に該当する年の4月に小論文対策をしてくれる塾を探し始める。しかし、関西にはSFCの特殊な小論文の対策を引き受けてくれる塾は中々なく、途方に暮れていたところ、母の友人の紹介で志高塾に通うこととなった。

2,志高塾で育つ意識
 以降は週に2回の個別塾と週に1回の志高塾が私の生活のリズムとなる。小論文の勉強にあたって、ただ問題を解くだけではなく、前提知識になるような本を勧めてもらったり、テーマについて自分の考えを先生と話したりする時間がとても楽しかった。志高塾に通い始めてまず大きく変わったのは私の「意識」だったように思う。普段から色んな分野にアンテナを張り、世界情勢やニュースをチェックして、本を沢山読み、などと見聞を広げようという意識ができたように思う。先生と話していると自分の知っている知識の狭さや浅さを痛感し、もっと深く色んなことを知りたいと思うような知識欲が強く沸いた。もっと沢山の知識をつけてもっと深い考えを先生と議論したい、文章で表現できるようになりたいと自然と思うような空間であった。友人や家族と中々しないような社会情勢などのテーマについてじっくりと考えている時間は、普段の生活では使わない脳の部位が働いているような気がした。より深く考える習慣がつくまでは考えることや集中することが難しいが、毎週小論文に向き合う内に楽に思考できるようになり、まるで脳の筋トレをしているようであった。志高塾で学んだのはただ小論文を書くテクニックなどではなく、自分の思考の癖を知り、視野を広く持ち多角的に物事を考えるということだと思う。このことは受験だけでなく、これからの人生を生きていく上で必要な能力である。
 大学に入ると、レポートの課題が沢山出されるようになる。志高塾で小論文を沢山書いたおかげで、周りに比べると苦労することなく書けているように思う。パソコンでレポートを書くようになり、ChatGPTなどの生成AIが身近になった今、テーマを打ち込むだけでそれなりの文章を書いてもらうこともできるが、人間だからこそ紡ぎだせる文章力や国語力を持っていたいと私は思う。
 私は今、高校生の頃に憧れたSFCの脳科学の研究会に所属し、情動の研究をしている。所属するものがないことや、あまりにも自分次第の未来に不安を抱えて日々を過ごしていた中高時代の私には現在の生活は想像もできなかっただろう。今があることは、自分の努力と私を指導してくれた志高塾の先生や学校の先生などの周りの大人達、そして努力できる環境を与え、私を信じてくれた親のおかげである。
 受験や将来のことで悩み、不安定な時にいつも志高塾の先生は指針になってくださった。自分一人でもがいている時に、一緒になって道を考えてくれるような温かい大人が私には必要であったし、誰でも不安定な時期には道を示してくれる大人が必要だと思う。また、同じような背景や状況の中にいる人にとって私の存在が少しでも勇気になればと思う。

2025.07.29「卒業生の声」ロングバージョン(楢﨑光一郎)

 弟が生まれる8歳まで私は一人っ子でした。志高塾に入塾したのは小学4年生の頃です。当時の私は誰もが認める問題児で、ある日唐突に家を飛び出して公園に泊まってみたり、こっそりお酒を飲んでみたり、志高塾で悪さを働いて家に帰らされたこともあります。後にも先にも、松蔭先生が家庭訪問を行ったのは楢﨑家だけだそうです。そんな問題だらけの私が、入塾から10年以上の時を経て、不思議なことに卒業生の一人として文章を書くことになりました。
 幼い頃から大のいたずら好きで、人にちょっかいをかけることが多かった私は、まず集中して要約作文を書きあげることを目標に志高塾へ通うこととなりました。しばらくして、自分は集中するまでが難しいものの、一度そのモードに入ってしまえば最後までスラスラと書けてしまうことに気が付きました。その時、初めて勉強することが楽しいと感じて、気持ちが高揚したことを今でもよく覚えています。もっとも、書き終えたらすぐに先生に見せたがるので、ミスばかりの原稿用紙を提出して、ちゃんと見直しをしなさいと注意されるまでがルーティーンでしたが。5年生の頃ぐらいに中学受験に臨むことを決めました。それは、親が望んだものでした。大学附属の小学校に通っていたのですが、親から説明を受けた後に興味本位で受験勉強を開始しました。ところが、勉強をすること自体が嫌いになっていきました。なぜなら、小学校にいた周りの生徒たちのほとんどが内部進学で中学に上がるため、私が塾に通う時間が増えれば増えるほど、彼らとの距離が遠のいていく気がしたからです。事実、私は彼らの興味を惹きたい一心でいろいろな行動を起こしましたが、学校と両親に迷惑をかける形ですべて失敗に終わり、最終的に私はクラスの中で異分子として扱われるようになりました。しかし、中学受験そのものには、なぜか成功しました。考えられる理由としては、志高塾の先生が受験対策の読解問題だけではなく、私が好きだった作文を並行してくれたからだと推測できます。その時期の私に嫌いなことだけをやり続けるだけの忍耐力は無かったです。目標としていた中学校に通い始めても、勉強をやる気にはなれず、作文を書くことにも嫌悪感を覚えるようになっていきました。そして、親のやさしさに甘えた私は、日本の勉強熱心な教育方法に嫌気がさしたと言い訳をして、高校からは海外へ留学することを決めました。文字通り、海外逃亡の始まりです。
 ニュージーランドの現地校へは、高校一年生から三年間通いました。その間、勉強は全くと言って良いほどしておらず、現地でのコミュニケーションツールだったスポーツと遊びにほとんどの時間を費やしました。どうすれば周りのニュージーランド人に認めてもらえるのか、そればかり考えていたのです。しかし、残念なことに、小学校の時と同様に失敗に終わりました。寮生活であったため三年間同じ屋根の下で過ごしましたが、彼らとは表面上の関係しか築けず、ついにはそこにあった境界線を越えることはできませんでした。英語のスピーキングとリスニング能力は向上したものの、読み書きに関しては微々たる成長しかできませんでした。
 さて、そのような高校生活を送っているうちに、コロナ禍を経ていつの間にか卒業を迎え、二年半ぶりに日本へ帰国することとなりました。久しぶりの日本を堪能するつもりでしたが、実際に帰国すると、大学にも通わずに遊ぶことに対する違和感と罪悪感が日に日に自分の中で大きくなっていきました。三年間の留学はなんだったのか、これから自分はどの道を進めばいいのか、ただ焦りと不満が募っていく日々でした。そんなとき、お先真っ暗な私に光を照らしてくれたのが松蔭先生でした。松蔭先生とは留学中も何度か連絡は取っていたため、その状況を見かねて、日本で大学受験をすることを条件にもう一度志高塾で面倒をみてやると言ってくださいました。志高塾での二回目の受験勉強の始まりです。そこからの一年間、私は先生の下でたくさんの文章を書きました。最初は、自分がどのような人間であり、どんなことに興味があるのかを知るために、徹底的に自己分析を行いました。その過程で、意見作文を書き始めたのですが、自分がいかに無知であるかを思い知らされました。そして、それまで物事について調べたり考えたりをしてこなかった私は、その大きなビハインドを痛感すると同時に、無知であることに恥じらいをも感じました。どこから始めれば良いかも分からず右往左往している私に、先生は、本の読み方や情報の調べ方を、丁寧に何度も教えてくださいました。そうして先生と共にいろいろな情報をインプットすることで、次第に様々なことに興味を持ち始めることができました。すると、これまではモノトーン色にしか見えなかった世界が、実は色鮮やかで美しいものであることに気づかされました。これは比喩表現ですが、私は実際に世界が色めいていく瞬間を目の当たりにしました。松蔭先生は、志高塾での時間を通じて、私に勉強することの楽しさを思い出させてくれました。そんな幸せな一年はあっという間に過ぎてしまいました。作文のテーマとしても何度も扱っていた社会問題をより深く勉強したいと考えた私は、立命館アジア太平洋大学のサステイナビリティ観光学部に入学しました。現在は、ダブル・ディグリー制度を利用して、オーストリアのザルツブルクにある大学に2年間の留学中です。
 私の世界が色めき始めたころ、教室で松蔭先生と次のような会話をしたことを覚えています。「小さい時のことは覚えてへんと思うけど、兄弟の間で親から一番愛情をもらってるのは、絶対に長男長女やで。」私もその通りだと共感しましたが、親子の距離感は、子供が成長するにつれて少なからず変化していくものです。特に、弟妹が生まれると、それまで自分に100%向けられていた愛情が他のところにも分散するので、とても虚しい気持ちになります。今思えば、私はその時からずっと寂しかったのかもしれません。遠のいていく親の気を惹きたくて反抗してみたり、あえて物理的に距離を取ったり、小学校ではクラスメイトに、ニュージーランドでは現地の人たちに、ただ構ってほしかっただけなのかもしれません。贅沢な悩みやな、と突っ込まれてしまっては返す言葉もありませんが、先生は、そんな不器用な私の感情に応えてくれました。丸一年かけて、教育という名の愛情をもって、私を導いてくださいました。そんな教育熱心で温かい愛情に救われたのは、きっと私だけではないはずです。志高塾は19年目に入り、先生はこれまで私を含む多くの生徒を支えて来られました。そして、これからもたくさんの小さな芽を育てていくことでしょう。
 志高塾で培われた私の言葉が、文章が、経験が、種類は違えど私と同様一筋縄では行かないお子様と毎日奮闘している親御様のお役に少しでも立てたのであれば幸いです。

2025.07.29「卒業生の声」ロングバージョン(中森正裕)

 僕は志高塾に、小学4年生から高校3年生まで通っていました。入塾当初、『コボちゃん』の要約が受験の国語とは全く関係がなく思え、その授業内容に驚きました。漫画を要約するなんて、浜学園の内容に比べれば簡単だろうと高をくくっていましたが、それは間違いでした。自分の語彙力や表現力、そして伝達力のなさを思い知りました。小学5年生でも要約を続けました。その頃は、僕も11歳と幼かったため受験への焦りもなく、楽しく読書をしたり、授業を楽しんだりしていました。そうして、小学6年生になり受験の国語の文章を読んだ時、あることに気づきました。自分で考える癖がつくようになっていたのです。日頃の授業では、要約の際に詰まっても答えをなかなか教えてもらえず、長時間自分で考えさせられました。その時は本当に苦しく、早く答えを教えて欲しいと思っていました。ただ、どんなに苦しくても最終的に自分で答えや表現を出し切ることをしてきました。すると、灘のテストで国語が平均点を超えるようになりました。言い忘れていたのですが、僕は本当に国語が苦手でした。公開テストでさえ、平均点を切ることもありました。そんな僕が入試本番では得意の算数や理科でこけたにも関わらず、国語の点数が合格者平均くらいだったため、なんとか合格出来ました。中学ではたくさん遊びたいという思いから、一度退塾をしました。ただ、中学のクラブがひと段落した中3の秋に塾に戻ってきました。その頃には、小学校の間培われていた読書習慣は消え、スマホをひたすらいじるようになっていました。そんな僕を親が見かねて、塾に入れました。高一からは、文章の要約や読解問題の勉強をしました。そして、再び頭を使うようになりました。同じ意味を様々な表現で言い換えることや、自分の頭で理解していることを人にどう伝えるかなど、日頃意識していなかったことを求められました。
 大学受験直前でも本質的にはやることは変わりませんでした。入試問題を先生と解き合い、赤本と自分達の解答を見比べ批評し、自分で論理的に考え抜くということをひたすら行いました。模試では全然点数が伸びなかったこともありましたが、志高塾で培ってきた思考力を信じ、入試に挑みました。国語は合格者の平均点くらいを取ることができ、京都大学医学部に合格しました。普通の塾だとここで合格体験記は終わると思うのですが、僕が本当に伝えたいのはここからです。大学生になってからの自分の話をします。大学生になり受験勉強から解放された喜びで、僕は1回生の時に遊び呆けました。本を読みなさいとか英語を勉強しときなさいとか周りの人にアドバイスされましたが、全て無視しました。受験が終わり、する必要がなくなった勉強をなぜわざわざしなければいけないのかと思っていました。転機は大学3年生で訪れます。バイトの同級生が就活をし始め、そのことがよく話題に上がるようになりました。その中でよく出てくる企業名や世間の一般常識、ニュースなど、自分が何も知らないことに気づきました。もしかしたら、自分は医学部という立場に甘えていたのではないかと考えるようになりました。そして、高校生の時に松蔭先生に言われた言葉をふと思い出しました。
「勉強だけできても、人間としてつまらなかったら何の意味もないぞ」
自分の無知を知り、そして人間としてつまらなくなっていることを自覚しました。
 そして、同時期に部活でキャプテンをすることになりました。リーダーシップを取ったり、部活をより良いものにするために働いたりすることを求められ、どうするべきかを悩みました。この二つの出来事が大学3年生の夏に起こり、知識欲が急に湧いてきました。リーダー論に関する本を読んだり、ニュースを見たりするようになりました。こうして、本を読み漁り、沢山の情報や知識を吸収しました。すると、世の中のことを知れば知るほど、視野が広がることに気づきました。それまで気にもしなかった国際情勢や選挙のニュースが急に面白くなり、4000円も落ちても興味がなかった日経平均の変化を見るようになりました。ここまでの自分の経験を通じて伝えたかったのは、勉強は自発的に行ってこそ意味があるということです。親に怒られたくないから、テストがあるからといった受動的な勉強ではなく、もっと知りたい、出来るようになりたいというような能動的な勉強をしていくべきだと思います。
 大学生の身で教育について話すのは恐縮ですが、自分が親なら子供が小さい頃にはテストでいい点数を取るコツを教えるのではなく、考えることの楽しさや、自分でやり切る快感を経験させてあげたいと思います。そして、志高塾は自分の思考力の土台を築いてくれた場所だと考えています。短期的な目線からテストの点数にこだわるのではなく、もっと長期的な目線から、人としての成長を促してくれたと感じています。本当にありがとうございました。

2025.07.29「卒業生の声」ロングバージョン(榎原壮良)

 2024 年 2 月 9 日。岡山大学医学部の「バカロレア・推薦枠」の合格発表があった。自分の受験番号を見つけた時の感動は忘れられないが、こうして大学の合格に辿り着くまでの道のりは紆余曲折そのものだった。これまでの自分の経験について、先日の「十人十色」でも話す機会を頂いたが、本稿ではより詳細に記す。
 私の父は甲陽学院を卒業し大阪大学医学部に入学した、いわゆる受験のエリート街道を走ってきた人間で「息子にも同じような道を歩ませて、医者にならせたい」という強い思いを抱いていた。幼少期から、「医師になるのがいい」「いい仕事だぞ」などと言い聞かされていて、小学生の私は「パパが言うから」「なんとなくいい仕事そうだから」という理由で医師を志していた。よって必然的に(父と同じように)甲陽学院などの難関中高一貫校を目指す流れとなり、受験勉強が始まった。
 小学 4 年生のころから大手進学塾に通い始め、それ以前から通っていた志高塾でも国語に加えて算数の授業を取り始めた。受験勉強を半ば強制的に「させられている」ような状況だ。成績に対する父の期待は当然高かった。しかしながら、大手進学塾で毎月実施されていた「公開テスト」での私の成績は酷いもので、初回こそ1500 人中 600 位程度の順位だったが、回数を重ねるごとに下降し、最終的には常に 1200 位前後を彷徨っていた。それに伴ってクラスも落ち、「ほぼ最下層」といった状況である。塾や家庭教師、親など多方面から指導を受けていたものの、勉強をさせられても、させられても、父の期待とは裏腹にその成果は全く出なかった。
 自分の中では、「どれだけやっても優秀なほかの生徒には太刀打ちできない」「勉強をしたくない」「何のためにしんどいことを続けているのだろう」という思いが芽生え始め、そのような状態でテストの結果も良くないことは明らかであった。しかし、「次こそは」と期待する両親は毎月送られてくる公開テストの結果を見て、残念そうな顔をして、ため息をつく。挙句の果てには 1000 位切ったら「何か買ってあげるよ」とにんじんをぶら下げられるも、短期的なモチベーションにすらならず、何のためにやっているかわからない勉強をさせられることに対する嫌悪感がぬぐえなかった。当時を思い返すと、勉強すること、させられることがただ嫌で、進学塾の宿題は答えを見ていたことを鮮明に記憶している。恐らく「勉強の先に何があるかが見えない」「なぜこれをやらされているかがわからない」という思いから、勉強に向き合えなかったのだろうと、今感じる。
 そんな中で、母は父とはまったく異なった意見を持っていた。父とは対照的に地方出身で、父ほど受験の世界にさらされておらず、留学経験もあったために、父の決めつけによって僕が医師になることに反対していた。むしろ、「医師にはならせたくない」や「広い視点を持たせる国際的な教育をさせたい」という思いを持っていた。結果がなかなか出ないことからもその思いは一層強くなっていったように感じる。この意見の相違から、両親は自分の進路について常にけんかをしているような状況だった。私自身がその場に居合わせることも多かったが、自分の意見を求められるというよりかは、それを傍観していることしかできなかった。自分のせいで、また自分に関して、喧嘩が勃発していること、家族の絆に綻びが生じていたことは、純粋に複雑な心境だった。勉強をずっとさせられているものの、成績が一向に上がらないばかりか、下がる一方だった自分は空回りしていたのだと思う。最終的には「自分の個がつぶれないように」と母と松蔭先生が中学受験を辞めさせてくれた。前回のブログで松蔭先生が「甘やかすのと、守るのは違う」と記していたが、まさにこのことなのかもしれない。
 そこからは、インターナショナルスクールに編入し、それまでとは全く違った環境下に身を置くこととなった。中学から入るという選択もあったが、内部進学のほうが簡単であるという話を聞き、そこは「戦略的に」小学6年から編入をした。実際、同校の中学に入学した時点である程度の英語の基礎を固めることはできていた。(とはいっても、インターに通う日本人のレベルだが)目先の進路選択を迫られることはなくなったものの、インターの中高を卒業した後の進路については自分・両親を含めて常に意識している点ではあった。「医師を目指す」必要がなくなった当時、自分の将来の仕事像ややりたいことについて決まっていなかった。むしろ「医師」という学歴色の強い進路については忌避していた程だと思う。ただ、その中高は開校して2、3年ほどの新設校だったうえに、国際バカロレアを履修できる認定校になるかも不透明だった。よって進路選択の可能性を増やすために留学を決意するに至った。
 留学先はカナダのモントリオールで、国際バカロレア認定校である現地校に通っていた。カナダやアメリカでは「学士編入」や「二分野の同時専攻」を容易にすることができ、大学に行ってから自分が関わりたい専門分野や職を探すことができるため、進路をすぐに決めてしまうのではなく、まずは自分の興味を伸ばすことを軸とした。また、その環境に魅力を感じて、そのまま現地校を卒業して大学へと進学することを考えていた。日本では大学入学時にすでに学部が決まっていることが多く、そこから関われる分野や職が限られることも少なくないため、当時、できるだけ広い選択肢を持つようにしていたのだと思う。そういう意味で、「中学受験」というレールを外れたものの、別のレール(ただ乗っかって受動的に進む道という意味で)を探すのではなく、能動的に興味ある分野にいつでも進んでけるような、小学生時代とは違った考え方が身についていたのかもしれない。
 結果的にはコロナで帰国を余儀なくされた。留学中や帰国後に、自分の興味を伸ばしている中で、元々自分の中にあった、防災や人命に関わる仕事がしたいな、という思いが強くなっていった。さらに留学を通してより国際的な社会に身を置く中で、差別や貧困に直面することも多くあった。そこで、災害医療や貧困地域での医療、日本にとどまらず、国際的に活躍する国際臨床医こそが、自分の興味や想いを反映する職なのではないかと考えるようになった。そのため帰国後はインターナショナルの高校に戻り、国際バカロレアを履修して国内の医学部を受験した。結果的には、当初受験勉強をさせられるきっかけともなった職業ではあるが、当時志した「医師像」と今自分がなりたい「医師像」や、進みたい分野は全く異なっている。自分から興味を持って志したものであるからこそ、受験勉強に際しても中学受験のときとは違い、能動的に学習を進められたのだろう。
 幸い、最終的に医学部へ合格することができたものの、大学受験でも挫折を味わった。国際バカロレアの点数が思ったように出ず、既に内定をもらっていた私立大学医学部の合格を取り消されたり、本気で浪人を考えたりと、一筋縄ではいかない部分もあった。中学受験においても、バカロレア履修中に迷走した時も、浪人を本気で考えた時も、松蔭先生が脱線しないようにしっかりとガイドしてくれた。それが必ずしも志高塾や松蔭先生である必要はないが、誰か「頼れる人」「リードしてくれる人」を見つけることが大切であるだろう。
 先日の「十人十色」で受けた質問でもお答えさせて頂いたが、中学受験は「勉強がどのくらいできるかというゲーム」と見ることもできる。ビデオゲームやボードゲームなど、どんなゲームでも負けてばかりだと楽しくないし、辞めたくなる。反対に勝っているとその優越感からどんどんと楽しくなっていく。精神的にも未熟で、将来のビジョンもまだ定まっていない小学生にはそのゲームを続けるべきか、一旦引くべきなのか、わからないのだ。だから、自分が中学受験の頃に助けてもらったように、親を含めた周りの大人が、本人のキャパシティや性格を鑑みて上手に道案内をしてあげる必要があると思う。
 挫折を味わった結果、それをエネルギーに次に進める子もいれば、そこで自己肯定感を失って中学からの勉強のモチベーションが失墜してしまう子もいる。だが、それは受験で合格という成功を勝ち取っても然りなのだろう。

2025.06.30「卒業生の声」に込めた代表の想い

 以下は、志高塾のトップページに掲載されているコンテンツ「受験専門塾ではない、とはどういうことか。」の冒頭です。

 志高塾は受験専門塾ではありません。これまでもそれを訴えてきましたし、今後もそのスタンスは不変です。その結果「志高塾は、受験に力を入れない」と誤解されてきました。世の中の塾は「将来のための塾」もしくは「受験のための塾」といったように二極化しています。受験にすら役立たない将来に役立つ力とは一体どのようなものなのでしょうか。また、受験のための力は本当に受験に役立つのでしょうか。

 「ホームページに合格体験談を載せませんか」と勧められるたびに迷うことなく断ってきました。それは、我々が受験専門塾ではないこと、合格に少なからず貢献していたとしても国語を教えているだけに過ぎないこと、という主に2つの理由によっていました。それに加えて、生徒たちを「客寄せパンダ」として利用するような心地悪さもありました。
 2025年に入り、志高塾の教育の質を上げるための改革を行うべく動き始めました。その一環として、「合格体験談」を含め、これまで断固としてやってこなかったことの是非を一つずつ問い直していきました。そして、「合格体験談」に対して出した答えはやはり「非」でした。しかし、今回はそこで思考を止めなかったことで「卒業生の声」にたどり着きました。その決断をして良かった、と今、心から思います。
 この1カ月ほどで、10人前後の卒業生に「HPに『卒業生の声』を載せることにしたので、顔出し名前出しで200字ほどの文章を書いて欲しい」とお願いしたところ、全員が即座に承諾してくれました。そのことに喜びを感じ、実際に送られてきた文章がそれを増幅してくれています。彼らが生徒であった頃、「どこかで聞いたことをただまとめただけのきれいな文章を書こうとするな」、「作文というのは自分の頭の中にあることを素直に表現することだ」と指導してきました。それにもかかわらず、彼らは「卒業生の声」の目的を理解した上で、少なくとも2、3割増しで志高塾のことをそれぞれの言葉で飾ってくれています。それゆえ、初めて志高塾のホームページを訪れた方にはその分を差し引いて読んでいただかなくてはいけないのですが、私自身は彼らのそのような気遣いにも成長を見て取り、幸せな気分に浸れています。
 私は、「将来」と「受験」の境界線を大学受験のところに引いています。大学生になってから、社会に出てから、それぞれがそれぞれの持っているものを最大限生かしながら自分らしく生きていく上で、志高塾で学んだことが役に立ったとき、彼らの将来を明るくすることに少しは貢献できたことになります。問い合わせを受ける際に、「入塾テストはありますか?」と尋ねられることがあります。それに対して、「そのようなものはございません。親御様に志高塾の教育方針に共感していただけるかどうかだけが重要です。」というような返答をします。それゆえ、自然といろいろな子供が集まりやすい仕組みになっています。
 個性を花に例えると、変わった形の変わった色をしたものを思い浮かべるかもしれませんが、そうではありません。よくあるような形のよくあるような色をしていても、見る者が目を凝らせばその花、要はその子らしい部分に気付けるのです。「得意を伸ばすか苦手を克服するか」という問いがあります。実際はどちらかを選ぶわけではなく、それをどのような割合で混ぜ合わせるかということになるのですが、私の中にあるのは「得意を伸ばすのを阻んでいる苦手は克服する」という考えです。そうすれば自ずと、その子らしさはその子らしい輝きを放ちます。「卒業生の声」を通して、志高塾らしさを感じていただければ幸いですし、今、通っている生徒たちが「いつかあそこに載りたい」となることを期待しています。そして、私自身、「卒業生の声」が少しずつ彩を増していくことを楽しみにしています。
 繰り返しになりますが、「卒業生の声」を載せる決断をして良かった、と今、心から思います。

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