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2024.12.24Vol.668 二人目が一人目、だからと言って三人目が二回目でもきっと一回目(今度こそ後編どすえの後編)

 三者懇談のことから始める。二男の担任の男の国語の先生が、長男が中2のときの女の家庭科の先生同様に、あまりにもちゃんと話ができる人で驚いた。いずれのときも教室を出てすぐに「良い先生でラッキーやん」ということを息子たちに伝えた。半年に1回の面談の際などに、親御様から学校の先生のことを教えてもらうことは少なくないのだがまともな話を聞くことがほとんどない。それもあり元々期待していない。その心づもりでいれば、はずれの先生であっても「まっ、そんなもんだよな」で終わるので余計な負の感情を抱かなくても済む。武者小路実篤著『人生論・愛について』に「愚かな先生は、誠意はあっても、子供に正しくものを教えることは出来ず、ごまかしの生徒をつくり、意気地なしの、生長力の弱い生徒をつくる。人間の肉体が鍛えられるに従って丈夫になるように、又発達するように、人間の脳の細胞もよく働かすことによって、質を緻密にし、又よく活動するようになる。」とあった。最近の先生に感じるのはとにかく責任感がないということ。先生に限らず子供達と関わる者は、社会に出たときに彼らが自分らしく生きて行けるようにすることに対する責任を負っている。関わるのがたとえ小学生のときだけであったとしてもそれをイメージした上で接しなければいけない。我々で言えば学力を上げることが求められているのだが、ごまかしまやかしは許されない。仮に算数で10個のことを教えようとしても3個しか理解できない子がいれば、1~10のうち、どの3つに絞るか、3と4と8なのか、それとも1と5と10なのか、意図を持って選ぶ。たとえば、1と5と10を選択する場合、1ができればもしかすると2と3は自力でどうにかできるかもしれない、5を分かっていないと今後11以降の学習をする上では困るな、といった具合である。3つしか理解できない子なんかに考えさせてもしょうがないから、と、自らの頭で考えるの時間を奪い取り、何でそうなるのかということに興味を持たせること無く解き方を丸暗記させて5つ解けるようにする。そのようなことを繰り返すことによって中学受験では実力よりも少しだけ上の学校に合格し、親からは「この子をよくあの学校に」と感謝されるかもしれない。しかし、それと引き換えに、自分の頭で考える機会と自分で考えて理解できたからこそ得られる喜びを奪ったのであればそんな罪深いことは無い。考える喜びを経験させることによって、大人になったときに「学校の勉強は苦手だったけど、社会に出てからは」という人間になる可能性を高められるのだ。上の「誠意はあっても」の「誠意」は「子供への愛情」という言葉で置き換えらえるのだろうが、正しく教えられもしないのに先生になっている時点で私に言わせれば誠意がない。「誠意」と聞くと、真っ先に羽賀研二の「誠意大将軍」が思い浮かんでしまうからなのか、この言葉自体使わないのだが自らに当てはめると次のようになる。「志高塾に何ができて何ができないのか。それをきちんと把握した上で、興味を持っていただいた方に正確に伝える力を持っていること。場合によっては90%しか理解してもらえないかもしれないし、逆にできること以上の期待を抱かせて110%ぐらいで受け取られてしまうかもしれないが、せめて90%~110%ぐらいの幅に収めないといけない。お子様を入塾させていただいたときに、お伝えしたことを実践するだけでなく、1年、2年と通わせていただいてもその質を落とさないのはもちろんこと少しずつでも高められるようにすること」
 そう、二男の懇談。「お父さん、貫利(かんと)君はリーダーになれる子なんで期待してるんです」という言葉をいただいた。一方で、「40人いる生徒の中で、学校支給のタブレットで授業中にゲームなどをして遊んでいる生徒が10人ぐらいいます。教育委員会からそのデータが送られて来ていて、貫利君もその内の1人です」という話もあった。その晩、妻から面談の様子を聞かれ、リーダーの話をすると「それ、小学校のときからずっと言われてる」と返って来た。要はずっとなれていないのだ。チームにはいろいろな役割があるのでリーダーが偉いわけではない。そのことを踏まえた上で、「ありがとうございます。リーダーというのは誰もがなれるわけではないです。このぐらいの年齢のときは先生や大人の言うことを素直に聞くのがかっこ悪いという感情を持つのもよく分かります。でも、そういうことを期待されているんだったら、自分がしないのはもちろんのこと、周りの仲間にも言葉で『ゲームやめろよ』と直接的に伝えるのではなく、うまく巻き込んでそのような状態に持って行って先生たちから真に頼られるような人に欲しいです」ということを時々息子の方を見ながら先生にはお伝えした。もし、最初の3分ぐらいで「この先生に何話してもしょうがないな」となっていれば、「はい」、「そうですか」、「ありがとうございます」、「今後ともよろしくお願いします」というような受け答えだけしてさっさと席を立ったはずである。二男が中1の頃に一度顔を出した面談は正にそんな感じであった。その他、「正論を吐くけど行動が伴っていない」と情けないことまで言われてしまった。言行不一致の奴がリーダーになれるはずがない。
 字数的にそろそろ締めなければいけない。「誠意」にことのほか紙幅を割いたせいで、二男に関してものすごく中途半端な状態で終わりを迎えることになった。もう少し書きたかったのだが、子育ては現在進行形で、ひとつの問題が解決したと思っても、それが思い込みに過ぎなかったり新たな問題が発生したり、の連続である。たとえ一瞬のことであったとしても、年の終わりにタイミング良くすべてがクリアになるわけではない。一つ言えるのは、こうやって一定期間テーマとして取り上げたことで、材料を集めるためにいつもより二男のことを客観的に眺めることができ、また、声掛けをする際も「文章に書けるようなものにしないと」となったおかげで少し冷静になれた気がしている。それによって関係も以前のように滑らかなものになった。それも、1週間に1回、わざわざこのページを訪れて読んでくださる方がいるおかげである。それはすごくありがたいことであり、志高塾としてお子様の成長の一部に関わらせてもらえることもとてもありがたいことである。
 次回は年が明けて1月7日になります。1年間どうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。どうぞ良いお年をお迎えください。

2024.12.17Vol.667 二人目が一人目、だからと言って三人目が二回目でもきっと一回目(今度こそ後編どすえの前編)

 思った以上に間が空いてしまった。さすがに今年中に書いておかなければ、という思いに背中を押された。
 その前に、先週あった面白い出来事を2つ紹介する。1つ目。西宮ガーデンズのプラス館1階にある創作串揚げ「べにゑ」に初めて行って来た。梅田、芦屋、京都でフレンチ串揚げを展開しているということもあり、シェフはフレンチ出身であった。今の会社に移ってくる前はお初天神にあるフレンチバルで働いていたこと、勉強のためにフレンチのお店によく食べに行くことなどを教えていただいた。年齢は32歳と伺った気がする。そこで、先週私が紹介した子供のサッカーつながりのお父さんのお店を知っているか尋ねたところ、そのフレンチバルの新メニューの監修を行っていたのがそのお父さんだったのだ。3カ月に1回、そのお父さんに新作を試食してもらう際は、どのような評価が下されるのか緊張でガチガチだったとのこと。何という偶然。しかも、高校卒業後、料理を学ぶために通ったのが辻調理師専門学校で、『美味礼賛』は入学式の日に渡され読まされるとのことであった。とてもおいしかったので、年内中にもう一度、今度は息子たちを連れて行こうかと考えている。そして、2つ目。「うちの主人は1回しか会ったことがないのに、何か知らないけど先生のことを信用しているんです」とこぼされたお母様から、「失礼な物言いをしたようで申し訳ございません」という詫びのメールをいただいた。電話をして「その言葉を聞いて、少しでも嫌な気分になったのであれば絶対にあんな取り上げ方はしません」ということをお伝えした。その後、「先生のあの旅行記シリーズ好きだったんですけど、いつの間にか終わってしまいましたね」「じゃあ、パリの家に泊めてもらって、それを文章にするしかないです」「そのときはオンラインではなく対面授業をお願いします」と話はすんなりとまとまった。社交辞令を言うようなお母様ではないのでそのまんま真に受けて、遅くとも2026年中には実行に移すと勝手に決めた。
 1カ月以上経ったのでどこから話を始めようか。あれからひと悶着あったものの、以前のように自然体で二男とのコミュニケーションを取れるようになった。数日前も「パパ、今年中にもう1回サッカーの試合見に来てよ」とお願いされた。明日、中学校の三者面談があるのだが、二男だけは妻ではなく私に来て欲しがる。長男と三男は別にどちらでも構わないというスタンスである。
 子供が幼稚園に行く頃ぐらいまでの父親の役割は、母親の手が回らないところの穴埋めだと元々考えていたし、実際に経験した後もそれが変わることは無かった。また、妻が望む子育ての初体験を父である私が奪ってはいけないという思いも持っていた。3人息子は2学年違いなので、三男が生まれたときに二男はまだ2歳で、妻は三男にほとんどの時間を取られ、長男ですらまだ4歳で手が掛かったので、私はとにかく二男と過ごす時間が多かった。それゆえ、フェイスブックやグーグルで「〇年前の思い出の写真」であがってくるのは断然二男のものが多い。プレ幼稚園も長男のときは基本妻が行き、二男のときは私であった。私の方がスポーツが得意で、二男の方が断然芸術的な才能があることを除けば、性格や頭の働き方なども似ている。父と私がそうであったように似た者同士の親子だとぶつかることも少なくないのだが、二男とは一緒に過ごした時間が長かったので似ていることが良いように作用して来た。それだけにうまく行かなくなったときに私自身がそれなりのショックを受けたのであろう。HPを少し変更したのだが、「オンライン授業」のところに写っている坊主頭が二男である。
 話は少しそれるが、まだ6年生であることを考慮しても、三男の考え方があまりにもゆるいので、3カ月ほど前にそのことについて「何でなんやろなぁ?」と長男と二男に話したとき、異口同音に「パパと話す時間が少なかったからじゃない」と返って来た。その発言から2人は私と話をすることにそれなりに意義を感じていることが分かって嬉しかった。そのようなこともあり、最近は意識的に三男と2人でいる時間を増やしている。先週のことになるが、サッカーの試合からの帰りの車の中で、「今日はだめだったけど何でなの?」と聞くと、「うーん、調子が悪かったから」という返答があった。「うまく行かなったのを調子のせいにする奴は何をやってもできるようにならない。調子が悪くても最低限の結果を出せるようにならなアカンねん」という話をした。こんな説教じみた話をすることはあまり多くないのだが、一緒にいるようになれば自ずとこういうやり取りも増えて行く。
 ここまで筆を進めて来たが、書きたいことがまだそれなりにあるので、この時点で「今度こそ後編どすえの前編」とした。今年最後になる来週、必ず「後編」を書く。二男は、自分のことがブログにこうやって書かれていることなんて知らない。読まれると逆に話題として取り上げづらくなるので今はその方が良い。でも、大人になったらいつか読んで欲しい。私が子育てをしている中で、「あのとき、親父は俺に対してどう思ってたんやろう?」となることがある。私が26歳のときに亡くなっているのでそもそも聞くことはできないし、存命であったとしても、日記でも付けていない限り、そのときに本当にどう思っていたのかを知ることはできない。人間の記憶などあいまいなのだから。もちろん、息子たちだけでなく、元生徒が子供を持って何か困った時などに、「もしかして参考になることがあるかもしれないから、あの先生のブログ読んでみよ」となれば幸せである。
 3段落目にある「ひと悶着」とは、Vol.662で触れた「北野(高校)に行きたければもっとやるはずやけど、全然やらへんやん。ほんまは行こうと思ってへんよな?」と私が聞いたことに関してのものである。もし、行きたいと思っていれば「そんなことはない」と反論するだろうし、そうでなければ「うん」と答えやすいようにあえて「行きたいよな」ではなく「行きたくないよな」とを選んだ。予想した通り「うん」と返って来たのだが、後日「本当は行きたいと思っているのに、あれはパパが無理やり『うん』と言わせた」と文句を言ってきた。その頃の関係は最悪であった。そして、そのように反論して迎えた2学期末試験。相変わらず全然やらないと思いながら口出しせずにただただ黙って見ていた。これまでも「もう少しやらなアカンのちゃう」というレベルの声掛けしかしてこなかったのだが、それすらも自粛した。結果は、主要教科はそこまで大きく落ちていないのだろうが、これまで最低でも80点後半ぐらいを取っていたはずの音楽と保健体育はそれぞれ68点と72点であった。音楽に関しては、90点以上が約10%、70点以上が約40%なので、とてもではないが北野を目指していると口にする人の成績ではない。その度数分布表も1週間前に渡されていたものが、昨日になってやっと出て来たような状態である。
つづく

2024.12.10Vol.666 お話しりとり

 翌日の水曜、私と顔を合わせたときの第一声は「先生の時間を無駄にしてすみませんでしたっ!」であった。「謝る必要なんてない。ブログの最後にああやって書いたけど、いつか成長という形で返してくれればそれで良いねんから」なんて言うはずもなく、「ほんまやで、どうしてくれんねん」と返した。
 ここからが本題。話はうまくつながって行ってくれるだろうか。直線的ではなく複層的に絡み合ってくれることを願いつつ筆を進めて行く。書き手なのだから、神頼みではなく自らの力でどうにかしろ、という話ではある。
 夏休みのことなので少し前の話になるが、6年生の三男のサッカーチームのお父さんたちの初めての懇親会が焼肉屋で行われた。13人全員が参加したのだが、私が話したことがあるのは1人だけで、後は顔も名前も知らない状態であった。私の前に座ったお父さんがフランス料理店のオーナーシェフということが分かり、「今度行くから安くして下さいよぉ」なんて軽口を叩いていたのだが、家に帰って調べると、ミシュランを獲得しているお店だということが判明。その1か月後ぐらいに訪れ、こんな優雅な時間を過ごしたことなんてあっただろうか、というぐらい心地の良い時間を過ごさせてもらった。ちなみに、この一連の話を近所に住んでいる生徒のお母様にすると、「先生、あそこはそんな簡単に予約を取れる店じゃないんですよ。私が電話したときは埋まっていました」と教えていただいた。先日、そのお父さんと子供のサッカーを観戦しながら立ち話をしているときに、「どうやって新しいメニューを生み出すんですか?」と尋ねると、「野菜が好きなんで、使いたい野菜をどのように調理するかを決めて、それに何が合うだろうかっていう順番で考えていくことが多いです」というような答えが返って来た。予想外であり、一方で「そりゃ一つ一つの料理がおいしいわけだ」と妙に納得にした。メインになる肉や魚を選んで、それに何となく野菜を添えているわけではないのだから。こういうとき、頭の中で教育や子育てに置き換えるとどうなるだろうか、という思考になることが多いのだが、単純に「すごく良い話を聞かせてもらった」という満足感を得て終わった。年明けになるだろうが、個人で参加できるフットサルに一緒に行きましょう、という話をしているので、その際にまたいろいろと聞いてみよう。お店が気になった方は私に直接聞いてください。お教えします。
 この歳にして本格フレンチはおそらく人生初だったのだが、パリを中心にフランスを旅行するのが好きだったこともあり、大学生の頃に海老沢泰久著『美味礼讃』を読んだ。辻調理師専門学校の創立者である辻静雄の伝記小説であり、本場のフランス料理を勉強するために数々の有名レストランを訪れることが生き生きと描かれていたように記憶している。
 さて本と言えば(わざとらしくつないでみた)、あるお母様に借りた橘玲著『言ってはいけない ~残酷すぎる真実~』が面白かったので、それを紹介するために元生徒である2人の留学生に連絡をした。一人目は、今年の2月からオーストリアのザルツブルクにある大学で学ぶN君。新しい環境で刺激を受けていたこともあり、当初はひと月に一度ぐらいの割合で近況報告があったのだが、夏休み前ぐらいから雲行きが怪しくなり、現在は完全に尻すぼみ状態である。観光を学んでいて、親からの金銭的なバックアップが十分であるにも関わらず、時間を見つけて旅行に行くことすらしていなのだ。そんなアホは中々いない。「うまく行かないときほど、動いて動いて動きまくれ、読んで読んで読みまくれ」と叱咤激励しておいた。ちなみに彼からは、同じ著者の『バカと無知 ~人間、この不都合な生きもの~』を以前に読んだとの返信があったのですぐに買い、現時点で3分の2ぐらいは読み終えた。帯には「『言ってはいけない』から6年、“きれいごと社会”の残酷な真実」とある。2冊目ということで新鮮さが失われたというのもあるかもしれないが、『言ってはいけない』の方が断然面白かった。きっと読む順番が逆でもそれぞれの本に対する評価はさほど変わらない気がする。2人目が「Vol.664スモールデータの収集」にも登場したアメリカにいるK君。3月に「面白い本あったらまた連絡するわな」と送りそのままになっていたので、久しぶりにラインをした。彼は学業が忙しいにも関わらず海を渡ってからも相当な量の本を読んでいる。その中から何冊かを紹介してくれたので即座にすべて注文した。その中の1冊、熊谷晋一郎著『リハビリの夜』は、引き込まれて最近にしては珍しく3日で読了した。熊谷氏の略歴に関しては、ウィキペディアに次のようにある。「山口県新南陽市生まれ。新生児仮死の後遺症で脳性麻痺となり、車椅子生活を送る。小学校・中学校と普通学校で統合教育を経験し、山口県立徳山高等学校、東京大学医学部医学科を卒業。小児科医として病院勤務を経て2015年より現職。」なお、現職とは「東京大学先端科学技術研究センター准教授」である。この本に関しては、社員が月に1回HP上に上げている書評の課題にすることにした。年明け一発目に当たる1月25日(金)に、3人が同じタイミングでこの本を読んで感想を述べるので楽しみにしておいていただきたい。性に関することも赤裸々に語られているので、R15指定ぐらいになるだろうか。あれだけ明け透けに書けるのは、日常生活でもっと恥ずかしい思いをしているから、というのが私の見立てである。読み進めながら、「そう言えば」となった。K君と同じ学年で、現在研修医2年目のFさん(2年ほど前に、研修を希望する病院に提出する彼女の志願書の添削を行ったことを確かブログでも言及したはずである)の専門がリハビリに決まったという話を、この前ゴルフに行ったときに聞いたことを思い出した。そのときは、「整形外科所属になるっていうこと?」「違います」で話が終わっていたので、「おもろい本があるで。これ専門と近いんちゃう?」とラインをすると、「リハビリは細かく分かれているので読んでみないと分かりませんが、そんな遠くない気がします。仕事帰りに本屋に立ち寄ったのですが無かったのでネットで注文します」と返って来た。私もそうだし、彼女も留学中の2人にしても、勧めてもらったものをすぐに読んでみよう、となれる関係というのはすごく良質である気がしている。結果的に、本がメインテーマになってしまったので、タイトルを「行ったり来たりで深まる関係と広がる世界」などとすれば良かったかもしれない。「行ったり来たり」というのは本に関する情報をやり取りすることを指している。
 既に3,000字近くなってしまったので、この後どのように展開するはずだったかをできる限り簡単に述べて終わりにする。中学受験生の一人のお父様が急遽パリに転勤になり、小学校を卒業した後に家族で引っ越すことになった。私が連絡をいただいた10月の時点では口頭ベースの打診であったため、少なくとも内々示が出るまで本人に伝えないのはもちろんのこと、その後も事実を隠した上で折角の機会なので本気で受験に取り組ませた方が良いのかなど、電話で相談を受けた。いつもはお母様からなのだが、珍しくお父様からであった。ご夫婦の考えを聞いた後、私はその場でそれとは異なる提案をした。それにも関わらず、「確かに先生のおっしゃる通りです」と受け入れていただき方針が決まった。その後に行われた面談で、お母様から「うちの主人は1回しか会ったことがないのに、何か知らないけど先生のことを信用しているんです」という話があった。冒頭で登場した近所の生徒のお母様からも、「何か知らないけど」という言葉こそ無かったものの、「主人は先生と1回しか会ってないのですが信頼してるんです」と面談で教えていただいた。K君やF君が入塾したのは志高塾1年目か2年目で、中学受験において何の実績も無かった頃である。2人のお母様も「何となく」であるにも関わらず、信頼してお子様を預けてくださった。何となく任せてみようかな、という雰囲気を持っている人でありたいし、その期待を裏切らない人でありたい。昨日、寝る前に『バカと無知』を読んでいると、『第1感「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』などのベストセラーがあるマルコム・グラッドウェルは、・・・」という記述があった。

2024.12.03Vol.665 フォーム屋ではございません

 予告通り、高一の生徒が作成したニューヨーク研修の志望理由書のビフォーアフターを紹介するところから始める。

「ビフォー」
 今回のニューヨーク研修に応募した理由はプライベートの旅行では訪れることの出来ない国連本部の中や姉妹校であるフォーダム高校やジョージタウン大学など場所を訪れることができることと、米州開発銀行や世界銀行でグローバルに活躍されているOBの方々の経験談を聞き、アメリカで働くという進路の選択の決め手を聞くことで、英語の素晴らしさや利便性をOBの方々を通すことで改めて実感することで、英語を勉強の中の1つの教科としか見ていない今の視点から世界的に使われている世界共通語であると捉えることができるようになるほどのきっかけになると思い至りました。
 アメリカは移民の国と呼ばれ、さらに世界経済の中心である国であるアメリカは世界中の文化が集まっている国なので、日本や今まで訪れたことのあるオーストラリアやイタリアとの生活や人々の住む環境、街並みなどの違いを自分で見ることで写真などでは得ることのできない、街を歩くことで実際に気付くことができる人の流れや環境の音の違いが分かるのでアメリカに行ってみたいです。
 今まで僕は英語が大の苦手でイタリアやオーストラリアを訪れた時にも現地の人との会話は英語ができる母親頼りでした。
 しかし、今回のニューヨーク研修で自分の英語力を試しつつ、普段学校のLCの授業でしか触れることの出来ないネイティブが話す英語にたくさん触れ、コミュニケーションをとることのできる約10日間を通し、苦手を克服して英語を上手に扱えるようになるための成長の糧とするためです。
 だから、今回のニューヨーク研修で僕は現地のアメリカ人と自分の力のみで話し、ネイティブが喋る新鮮な英語に触れることでの英語の力の増加を目標としています。
 僕は他の高1の面々とは違い成績も低く英語も苦手ですが、班などのグループで話し合う時などに他人とは違う様々な意見や案を臆せずに発表することができるので、文化祭までの発表準備でも英語が出来ない僕ならではのニューヨークを見た時意見を挙げることができると自負しています。
 以上の理由から今回のニューヨーク研修を志望するに至りました。

「アフター」
 僕の母は英語の教師をしており、他の教科についてはあまり口うるさくないのですが、英語のことになると人が変わるため、本来言われたくなければちゃんと勉強しないといけないとわかりながらもこれまでずっと遠ざけてきました。その結果、英語の成績は目も当てられないほど悲惨な状況が続いています。その母が、オーストラリアやイタリアを家族で訪れた際、ホテルで照明が壊れたときに修理を依頼したり、現地の人と日常的な会話を楽しんだりしている姿を目にしたとき、日本にいるときには見られない頼もしさや格好良さを感じました。
 今回、自分の成績を顧みずわずかな可能性に懸けてニューヨーク研修に応募することにしました。これを機に、逃げ続けることを止め、モチベーションを上げて、英語の勉強に力を入れるように自分を持っていきたかったからです。もし、選ばれたのであれば、間違いを恐れずに積極的にコミュニケーションを取り、わずか10日間ではありますが、少しでも多くのことを経験して帰国したいです。
 また、上で挙げた英語を学ぶこと以外にも個人では入ることが難しい国連本部や姉妹校であるフォーダム高校やジョージタウン大学などを訪れることができることにも惹かれました。そして、米州開発銀行や世界銀行でグローバルに活躍されているOBの方々の話を現地で聞けるということも魅力的です。外国で働くことのやりがいや苦労などについて尋ねてみたいです。その他、まだアメリカに行ったことはないため、映画などで度々目にする有名な観光地に行くのも楽しみです。
 最後に、僕は他の高1の面々とは違い成績も低く英語も苦手ですが、だからこそ、帰国した際には英語ができない僕ならではのニューヨークを見たときの意見を述べることができます。そして班やグループで話し合う時に他人とは違う意見や案を臆せずに発表することができるので、研修旅行報告会の準備でも貢献できると自負しています。
 以上の理由から今回のニューヨーク研修を志望するに至りました。

私がコメントをする前に、お母様からいただいたメールを一部抜粋して紹介する。前回は無許可であったため、お詫びと使用させていただいたお礼を後からお伝えしたが、今回は「この部分を載せたいのですがよろしいでしょうか」という形で事前にお伺いを立て、承諾をいただいている。

第一段落があるからこそ、次の段落そして最後の主張が際立って、読み手が引き込まれる展開。息子の成績は応募者としては全く魅力的ではなくても、先生方がこの志望理由書を読んで息子の名前だけみて落選ということはなくなった、もしかしたら最終選考になんとか食い込めるかも、なんて親バカの母は思っております。

このような類のものを作成する際に気を付けるべきなのは、大げさに表現したりそれっぽいことを入れようとしたりしないことである。たとえば、「今回のニューヨーク研修で僕は現地のアメリカ人と自分の力のみで話し、ネイティブが喋る新鮮な英語に触れることでの英語の力の増加を目標としています」に関しては、「今時オンラインでアメリカ人といくらでも話せるけどやってる?」と突っ込まれたらアウトである。今できることをやった上での「今回のニューヨーク研修で自分の英語力を試しつつ」であれば理解できるのだが、そうでなければ、「自主的に何もしてへんねんから、試さんでも通用せえへんのは明らかやん」で終わってしまう。それ以外には、評価者が自分に関するどのような情報を持っているのか、ということを踏まえなければならない。今回で言えば、学校の先生たちが合否の判断を行う。英語を含め、すべての教科の成績のデータを持っているので、これまでちゃんと勉強をしてこなかったことに関して言い訳になり過ぎないようにしながらも、理由を述べた上で未来に向けての展望を示さなければならない。主催者が外部組織で、これまでの成績の提出を求められず、志望理由書とその提出1カ月後に行われる英語の試験と面接で決まるのであれば、「半年前には英検2級すら合格できなかったが(彼がそうだというわけではない)」というような過去についての何かしらネガティブな内容を盛り込み、1カ月間必死に勉強して本番のテストでそれなりの点数が取れれば、「めちゃくちゃ良くはないけど伸びてはいる。確かにやる気はあるな」という好印象を持ってもらえる可能性が高まる。
 発表は明日。九分九厘とは言わないまでも九分五厘選ばれないだろう。倍率は7倍ぐらいで、英語の成績は応募者の中ではほぼ最下位であるからだ。厳しいことが初めから分かっているからこそ、じっくりと時間を掛けて一緒に中身のあるものに仕上げた。こういうものを作成する機会は中々ないので良い経験になったはずだし、一生懸命取り組んだ分だけ悔しさを感じられる。希望しても、過去の積み上げが無ければ叶えられないことがあるということを実感して欲しい。
 『大改造!!劇的ビフォーアフター』というテレビ番組があった。ある匠が、元の家で窓か何かに使用されていた様々な色のガラスを細かく砕いて、それらが散りばめられた美しいカラフルなステンドグラスに生まれ変わらせていた。今回の志願理由書は、ビフォーの時点で高1にしてはよく考えられたものになっていた。だからこそ、それなりに手を加えはしたものの、ほとんどの材料はそこから持って来ることができた。特に最後の段落は彼らしさがよく出ていたので、位置も内容もほぼそのままである。文章を仕上げるときと同様に、生徒たちを育てる上でも、まずは虚心坦懐にその子自身をよく眺めることである。「長所」、「短所」から入るから、それ以外の部分を見落としてしまうのだ。良い悪いは一旦横に置き、その子らしさを見つけて、それを生かすための方策を考え、実行するのが教育に携わる我々の務めである。リフォームすることで既にある素材を活かすのだ。
 人に注意をしておきながら、それっぽいことを書こうとしてしまった。明日、予想通り不合格になれば「俺の時間を返せ」と言い放ち、万が一合格していれば、「あの成績で合格したってことは俺のおかげ以外の何ものでもないな」と手柄を独り占めしてやろう。

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