2024.03.05Vol.630 不器用という効用
月曜の朝。いつもはダイニングテーブルか自分の部屋の机で作業をするのだが、珍しくリビングのソファにもたれながら、膝の上に置いて書き始めた。ダイニングテーブルのときはテレビでゴルフ番組でも付けながらだらだらと少しずつ進めて行き、机のときは追い込まれて必死になりはするものの中々うまくまとまらない。いずれにしても、「さっ、今から書こう」という明確な意思があるのだが、今日に限っては横にパソコンがあったので、何となく始めた感じである。昨日の余韻が残っているうちにつらつらと言葉にして行こうと。
昨日は実に志高塾な一日であった。10時から13時過ぎまでは中学受験を経験した親御様に体験談をお話しいただく「十人十色」、そして18時からはこの春に大学を卒業して社会に出ていく学生講師たちの送別会。5人ともほぼ4年間働いてくれた。意外に思われるだろうが、私がお酒の席で改まった話をすることはほぼ無い。乾杯の音頭を含め、挨拶なども大抵は誰かに任せる。ただ今回は、卒業生たちに伝えたいことがあったので、お酒が運ばれてくるまでの時間を利用して少し話をした。その内容は、志高塾での思い出とこれからの抱負について語る時間を、お酒が回り誰も聞く気が無くなった頃ぐらいに作るので考えておくこと、また、今後、卒業生と現役の大学生が交流する場を作り(そこに進路を決めかねている高校生を含めても良いかもしれない)、就活や社会に出てからのことなどについてアドバイスをする場を設けるので、そのためにも社会に出てから活躍して欲しいということの2つであった。人に迷惑を掛けなければ自分のことだけをとことん考えても良い。ただ、「自分のためだけではなく、誰かのために」となることで、少し力みが消えたり、うまく行かないときに頑張れるというのもあったりするはずである。親のプライドを満たす学校に受かるために受験を頑張る、というのは当然のことながら、ここでいう「誰かのために」には当てはまらない。私の場合、情けない自分が顔を出しそうになったときには、息子たち、生徒たちがいることを思い出して、「こんな自分では申し訳ない」と少しでも自分を奮い立たせるようにしている。
さて、「十人十色」。今回は、いつにも増してスピーカーのバラエティに富んでいた。話していただいた順に挙げて行くと次のようになる。①男の子と女の子の双子のお母様、②IB(国際バカロレア)を利用して国立大学医学部に現役合格した高校3年生の男の子、③中学受験ではうまく行かなかった、バレエに情熱を注いでいる女の子のお母様、④上2人のお兄ちゃんたちは進学塾に通わせるだけである程度うまく行ったものの3番目の女の子で初めてそうでないことを経験されたお母様、⑤高槻校の生徒の親御様で初めてスピーカーを引き受けていただいた、女の子のお母様、⑥国語、算数共にかなりの部分を志高塾に任されて甲陽に合格した男の子のお母様、となる。
濃淡はあるものの、6人が受験を終えるまでの過程をそれなりに知っているので、面談でのやり取りなどを懐かしく思い出しながら、一方で「そんなこともあったのか」と驚かされながら、楽しく話を聞かせていただいが。それぞれの話の後に、私が少し感想を述べるのだが、3分程度ではとてもではないが語り尽くせない。一人ずつについて、この『志高く』1回分になるはずである。これまで10回ぐらいは開催しただろうか、以前であれば「もっとこういう風に話しておけば良かった」などと帰り道に後悔することも多かったのだが、最近では「俺が主役では無いし、まっ、いっか」と開き直るようになった。「話が非論理的で、あんな人がやってる志高塾は大丈夫か」とならなければそれで十分である。以下で、あの場で話し忘れたことについて補足をして終わりにする。
灘と甲陽に合格した生徒は共に不器用であった。分かりやすい例を挙げれば、4年生や5年生の頃の公開テストで、前から順番に解いて行き、途中で詰まるとそれを飛ばさないため、それより後にある、解けたはずの問題を落としてしまうのだ。それに対策するのは簡単である。3分以上かかった場合は次に行きなさい、などと決まりを設ければ良いのだ。そんな誰でも思い付くような手を打つ前に、なぜそれが起こっているのかを考える必要がある。彼らは、点数は取りたいものの、そのことよりも目の前の分からない問題を解くことに興味があるのだ。なぜ、そんな良い考えを目の前の点数のためだけに大人が改悪する必要があるのか。教える立場にある者として、それを大事に守ってあげることはとても大切な務めである。親が「もっとうまくやれば良い点数取れるのに」となることは自然なことなので、その子自身の特性を傷付けずに済むように、実力自体を引き上げることに特化するのだ。点の取り方に関しては、受験直前3カ月でどうにでもなる。先の二人のように最終的に最難関校に合格するぐらいの子であれば、うまくやれ無くてもそれなりの点数は取れる。では、不器用で、それなりの点数未満の子たちにはどうしてあげるべきなのか。我々がもっと必死に、より注意深く不器用さを守ってあげなければならない。守ることと甘やかすことは違う。「あれができないことは今は良いけど、これはできなアカンやろ。何でもかんでも許されると思うなよ」と、できてしかるべきこととそうでないことを明確に線引きして厳しく接してあげなければならない。②の高三の男の子はその不器用の代表格であった。彼のお母様には、6年前に「十人十色」で話をしていただいた。受験勉強がうまく行かずに、6年生になる前後で進学塾を辞め、そのタイミングで地元の公立小からインターナショナルスクールに編入した。当時、お母様には、そのいきさつと今後について語っていただいたはずである。初めての高校生スピーカーとなった彼に託したのは、その次に控えていた③の受験がうまく行かなかったお母様が話しやすい空気を作ることである。脚色することなく過去をありのままにさらけ出し、未来への希望も語って欲しい、とお願いした。次回は、その彼の、小学生の頃からの紆余曲折の合格体験談を掲載する予定にしている。もちろん、私ではなく彼の文章である。楽しみにしておいてください。