2021.04.06Vol.489 『十人十色』番外編④ ~船出~
このシリーズをそのまま終わらせようかとも考えていたのだが、中途半端な状態だったのでずっと気にはなってはいた。クローズするには、今回が絶好のタイミングである。明日7日が入学式だからだ。番外編③から2か月が経ったので鉄は完全に冷めている。それゆえ、受験を振り返るのではなくこれからについて書くこととする。
この間の一番大きな変化と言えば、英語専門塾に通わせ始めたこと。何の前触れもなくある日、教室から妻に電話をして、塾名だけを告げて体験授業に連れて行って欲しいとお願いした。思い付き以外の何ものでもなかったので、調べてもらったら既に募集は終わっていた。転ばぬ先の杖よろしく、教育に限らず最高の環境を子供に与えるために何をしてあげられるか、ということはあまり考えない。”best”ではなく、”not bad“であればいいか、というスタンスである。転ばないことよりも、転んだ後にどうやって立ち上がるかの方が大事だからだ。それはあくまでも親の立場であって、生徒たちにとって志高塾がより良い学びの場になるように何ができるかを考えていることだけは断っておく。
その長男、ある晩私が仕事から帰るとソファのところで目を腫らしながら泣いていた。入学祝いとお年玉を使って手に入れた3万円以上するウォークマンを失くしてしまったのだ。「泣いてもいいけど、泣きながらでも良いから動け」と叱った。そのとき初めに思い浮かんだのは「泣くな」という言葉だったのだが飲み込んだ。「泣くな、動け」だと、「泣くな」しか響かない気がしたからだ。どんな状況でもやれることをやりなさい、ということを伝えたかった。その日は、英語塾の後に志高塾に寄ってから帰って来ていたので、まずはその2つに急いで電話をする必要があった。泣いている間に、誰かが見つけて持って行ってしまうかもしれないし、名前が書いてあるわけではないのでじっとしていて事態が好転する可能性はゼロだからだ。問題が起こったときに頭を抱えているようでは人はついてこないぞ、と付け加えた。一応、長男はリーダーになりたいらしいので。
話は変わらない。この1週間の休みを利用して、溜まっていたNHK大河『青天を衝け』の第1話から4話までを見た。渋沢栄一の父は、藍染めに使う藍の葉を育てているのだが、ある朝畑に行くと若者が泣いていた。害虫が発生したために「今年はもうだめだ」と嘆いていたのだ。事情を聞いた栄一の父は「泣いている暇はないぞ」と叱咤し、食べられていない葉だけでもすぐに刈るように指示をした。長男も一緒に見ていたので、「これが、リーダーとそうじゃない人の差や。この前お父さんが言ってたことと同じやろ」と話した。さて、そのウォークマン、翌日に英語塾の掃除のおばさんが偶然にも見つけてくれて落着した。A日程で不合格になり、B日程で合格したことに似ている。不合格になったこと、失くしたことを通して学んだことを忘れずに今後に生かして欲しい。
話を英語塾に戻す。結果的には無事に入塾させてもらえた。そもそも塾に通わせる気など全くなかったし、長男は数学で問題を抱えるのは間違いないのだが、なぜだか私は英語を選んだ。いくつか体験に行かせて気に入ったところというのではなく一択だったので、もしそこが合わなければどこにも行かせなかったはずである。長男にとって、外部の塾に行くのは人生で初めての体験になる。塾に通わせるひとつの理由として、周りの頑張っている子達から刺激をもらって、というようなことがよく言われるが、私はそんなものを信じていない。そのような効果があったとしても一過性のものであり持続性はないからだ。わざわざ通わなくても、小学生であれば大手塾の公開テストを受ければ良いし、中学生以上であれば、そんなことをしなくても学内順位が出るのでそれで十分である。ぶっちぎりの1位であれば話は別だが、そうでない限り自分に足りていないものがあることは明白なので、何をやるべきかはおのずと決まっていく。大手塾に行かせる必要がないと言いたいのではなく、外からの刺激が今抱えている問題を解決してくれるというのは違うということを述べたいのだ。
入塾してすぐに、既に始まっている集団授業に追いつけるように何度か個別の授業をしてもらった。一度、単語テストで100点満点中の57点で居残りをさせられていた。完璧に覚えれば良いだけのことなので、どれだけ悪くても95点は取れるはずなのだ。あまりにできないので翌朝、食卓で妻が覚える時間を取った後にテストをしていたのだが、それでもできが悪かったらしく、「さっき覚えたのにできない」とつまらない言い訳をしていたので、「さっき覚えたんではなくて、さっきやっただけやからそんなことになんねん」と訂正しておいた。原因を正しく認識しなければ適切な手は打てない。初めての集団授業でも13人中5人残されたらしく、見事にその中に入っていた。どうしたらそんな不細工なことになるのかまったく持って理解できないのだが、悲しいかなそれが我が子の現在地である。私はテストも見ていないし、何を習っているかも知らない。学校から与えられた春休みの課題の取り組み方に関しても、あまりの効率の悪さに大丈夫か、となるが、少しずつでも環境に適応しながら自らの力で道を切り拓いて行って欲しい。心配だらけではあるが、親としては期待をしてあげながら、致命的な転び方だけはしないように見守っていく所存である。 完