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2020.05.12Vol.445 俺、政治家いけるかも

 あるお母様が、府知事の力強い目を見ていると先生のことを思い出します、とおっしゃったので、「私の場合、単に目付きが悪いだけです」と返した。いいえ、眼力があるんです、とのことだったので、真に受けて喜んだ。今、メッセージのやり取りを見直してみると、私の、目付き悪い発言の直後のコメントが「それだけではないですよ」となっていた。ん?
 前々回の、二男の「まぶたが重い」を受けて、中学受験生の女の子が「それを読んで、私は舌を巻きました」と伝えてくれた。面白半分であっても、そういう風に実際に使ってみることはとても良いことだ。私も新しく仕入れた言葉や情報をこのブログなどで積極的に用いている。それによって自分のものになるのだ。後日、その子が「松蔭先生は、非の打ちどころがない」と実に適切な人物評価をしていたので「よう分かっとる」と褒めて遣わしたのだが、入試本番で意味を問われ「魅力がまったくない」を自信満々に選んで帰ってきたらどうしましょ。一応、次回意味を確認してみようかな、一応。
 その子と同級生の私の長男も受験生である、一応。これまでにも何度か書いて来たが、元々受験をさせる気はなかった。その理由を3つ挙げると次のようになる。
①生徒を放り出して、自分の子を優先しないか心配だったから
②勉強を嫌いになって欲しくなかったから
③考えるのを嫌いになって欲しくなかったから
 家から遠くもなく、授業料も安く、学校のレベル的に我が子に適しているということで、池附を第一志望にしていたのだが今は大阪星光に変わっている。自らの意志でそのようにしたのではなく、他の多くの子供同様、親の私がそのように導いたのだ。池附は問題自体が簡単なので、同じ勉強をするのであればもう少し難しいものにチャレンジした方がいい、との判断からである。家庭教師の先生に(算数の)過去問を試しに解いてみたらどうか、と勧められていたようで、いつの間にか時間を計ってやっていた。なお、志望校の過去問は夏休み前に1回、夏休み後に1回、その後10月ぐらいからある程度コンスタントに、というのが私の推奨するやり方である。夏休みの勉強の方向性を定め、その成果を確認し、追い込みをする、という流れである。解き終えた長男が、私に何点か当てて欲しい(予想点数の±5点以内であれば私の勝ち)というので、問題も答案も見ずに(120点満点中)15点と予測し、私は負けた。7点だったから。結果を聞き、「もうちょっと頑張らなアカンで」と伝えて終わり。やり直しをしたのかどうかも知らない。その後数日、我が子のひどい点数に関してなぜ自分の心が動かないのかについて考えを巡らせていた。そして分かった。私にとっては、親御様との約束を守ることや親御様の期待に応えることこそが大事なのだ。我が子を中学受験に合格させることなど誰とも約束はしていないし、合格させることを誰からも期待されていない。だから、合格するかどうかは私にとって特別重要なことではないのだ。もちろん、親としての責務はある。それは、大人になったとき、社会で通用する人間、必要とされる人間、人の役に立つような人間に育てることである。今朝、長男と教室に向かう車の中で、例のごとく『飯田浩司のOK! Cozy up!』を聞いていた。すると、その中で自民党の国会議員が「大阪府の自粛解除基準は感染者ゼロの岩手県や3人の鳥取県に当てはまらないから全国一律の基準は設けられない」というようなコメントをしていたので、「やらない言い訳をしているだけで、こんなアホな意見はない。そんなのは当たり前の話なのだから、各都道府県が参考にできるように、都市、都市近郊、その他の地域など3つぐらいの基準を国が作ることが必要。お父さんの言っている意味分かる?」と問いかけた。過去問の点数が悪くても特段何も感じはしないが、上のような話をした際に「そんなこと考えて何の意味があるの?」などと返すようなら、間違いなくブチ切れる。ちなみに、細かい勉強の話はしないが、「うまくできないことがあったとき(点数が悪かったときなど)に、何がダメだったのか?次に同じことが起こらないようにするにはどうしたらいいのか?を考えて、行動することが大事」、「(朝から夕方までずっと遊んでいるのを見て)自分のやりたいことだけをやっていればいいのではない。そういう気持ちを押さえる練習をすることに受験勉強の意味はある」というような話はする。今日の帰り道、学校の先生が以前けがをした話を私にした後に、「仕事中のけがということは労災がおりるの?」と尋ねてきた。なぜそんな言葉を知っているのか不思議に思い聞いてみると「Z会で勉強したから」とのことだった。こういうことにとても満足してしまう自分がいる。
 上で、私が②と③を挙げているということは、裏を返せばそういう子供を私は少なからず見ているということである。もちろん、受験勉強を通して、知識が広がり思考の柔軟性が増している子もいるが少数派である。我々の役割は、合格に導くという親御様の期待に応えるだけではなく、勉強を通して考える楽しさを少しでも感じさせて、それをエネルギーとして考える力をつけてあげることである。
 生徒のことを後回しにしないだろうか、という心配は杞憂に終わった。と言うことは、政治家になったら間違いなく賄賂をもらう、というのも同様かもしれない。だが、私はもっと大きな問題を抱えている。上の人の言うことを聞けない、という。そうなると、小さな政党のトップを目指すしかない。今であれば、れいわ新選組の山本太郎か、NHKから国民を守る党の立花孝志と言ったところか。しばらくは、小さな塾のトップとしてがんばろうかな。

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