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2018.07.10Vol.357 つながる繋がり

 Vol.344「噛めば噛むほど」でも登場した筑波大学1回生の女の子が「ライフセービングの入部届の下書きをしたので良かったら見てください」とラインを送ってきた。「『思う』が多いな」と指摘すると、「私もそんな気がしてました」ということで、それを踏まえて修正したものが以下。

 私の父は水先案内人です。私が幼少の頃、父は資格を取るために海で経験を積んでいました。年に数回自宅に戻ると、父は自室にこもって海図に色を塗ったり、数字を記録したりしていました。床一面に広げた海図は絶対に踏むな、とだけ言われました。海は父の全てなのだろう、と幼心に海に嫉妬していました。
 小学生になると、毎年夏に近所の市民プールで真っ黒になっていました。三年生になって水泳を習い始めると、父の実家の淡路島の海水浴場に連れていかれました。海水がしょっぱくて、水が冷たくて、全く海が好きになれませんでした。中学校に進学すると水泳部に入部しました。引退試合で初めて同期四人でリレーを組んで入賞して、団体種目の連帯感が好きになりました。高校では書道部と茶道部に入部して、泳ぐのは夏にプールに行くくらいでした。高二で友達と舞子浜へ行ったときのことです。雲一つない空の下で海面が輝いていて、海に一気に引き込まれました。ずっとここにいたい、と身体が湧いていました。
 筑波大学に入学したその日にライフセービング部を知りました。海にいける…。それだけの理由で海新歓に行きました。大雨の日で、海が恐怖だったけれど、先輩方が守ってくださると安心できました。それから少しして2回目に行くと、今度は前回とは打って変わって快晴で、海がいろいろな顔をするのを面白く感じました。それから入部したいと思い始めました。何度も頭に浮かんだのはボードを片手に海へ駆けて行く先輩方の後ろ姿でした。こんなに楽しそうに何か一つのことに熱中した事が私にはないです。
 Basic講習会を二日終えた今、正直私は海が怖いです。きっとこれからも恐怖は続くと思います。それなのにいつの間にか私は海の虜になってしまっていて、平日は波の音や身体が波に揺らされる感覚が恋しくなります。沢山の人に海を楽しんでもらいたい、そのために海を知り、海から人を守ることができるようになりたい、その一心から、私は筑波大学体育会ライフセービング部への入部を志望します。

 彼女と大学2回生の男の子と先月東京で会ってきた。夜ご飯を食べ、その後はカフェへ。最初の店で飲み物が来るのを待っている間「心で書いた良い文章だよ」と上のものを彼に見せた。それを読んでの彼の感想は「良いですねぇ。最近、どうもかっこつけたものばかり書きすぎていて、それに自分でも気づいているんですけど、そこから中々抜け出せなくて」というようなものだった。その彼は今、大学の夏休みを利用してカンボジアに一か月ほど滞在している。ビジネスコンテストで提案した、発展途上国のゴミ問題を解決するプロジェクトの実証実験をするためだ。クラウドファンディングも行っていて中々本格的である。「頑張れ」という気持ちを込めて少し出資したこともあり、進捗状況を記したレポートを送って来てくれる。昨日の帰り道、電車に乗っているとそれが届いたので、自分なりに「もっとこうした方が読みやすいものになるんじゃない」と思うところをいくつか述べた。昨日のものが3回目だったのだが、その度にちょこちょこと意見交換をする。
 今回、タイトルの候補は3つあった。その1つは「潜在意識の中の作文」である。あの日、我々は結果的に5時間ぐらい一緒にいただろうか。様々なことを話したのだろうが、その内容はほとんど覚えていない。何日か経って「彼らの意識の下に作文というのがあるんだな」とふと感じられた。幸せである。考えようによっては、入部届にそんなにエネルギーを割く必要なんてない。やっつけでやる人もいるであろう。でも、そうはしない。振り返ってみたら、3人で会話していると、決して多くはないのだが、ふとしたタイミングで作文の方に話がスーッと流れることがあった。何気なくそのことについて語り、そして、また別の話題に移る。
 話は変わるが、カンボジアに滞在している彼が、現地に知り合いの日本人がいれば紹介してほしい、と先のレポートの中で広く呼びかけていた。私が大学生の頃に教えていた当時高校生だった生徒が、会社を辞め、今世界旅行をしているのだが、世界中に友人がいることもあり、「カンボジアに誰か知り合いおらん?」と尋ねると、うまい具合に「いますよ」とのことだったので、2人を繋げた。既に会ったのかどうか分からないが、その方向で話が進んでいるとのこと。
 今回、元生徒とのことをテーマにしようとしていたのだが、字数の関係上、書くかどうか迷っていたことがあった。それは2人の大学生の男の子たちについてなのだが、1人は中学受験までは通ってくれ、その後東京に引っ越した。その親友が、中学の途中から高校卒業するまで志高塾で学んだ。2年ほど前であったか、東京の元生徒がこっちに遊びに来たときに、2人を甲子園の阪神戦に連れていき、その後バッティングセンターへ、そして締めは居酒屋。彼らは「これは大学生にとっての最高のフルコースですよ」と言いながら喜んでくれた。すると、一昨日、1年以上ぶりにメールをくれた。2人とも就職が決まったので、その報告もかねてあいさつに来たいとこと。時間が合わず今回は会えなかったのだが、その機会は遠からず訪れるだろう。なお、就職先を聞くと、1人は私の友人が勤めているところであった。
 そろそろ文章を締める。もう1つのタイトル候補は「プラスマイナス>ゼロ」であった。どこかに連れて行けば「先生ありがとうございます」となるのだが、私にとってはプラスマイナスゼロなのだ。正確には、私の中ではプラスマイナスゼロなのだ。学生や20代であった頃、私も同じように誰かのお世話になっていた。「プラスマイナス>ゼロ」というのは、つまりゼロではなく、プラスだということを意味している。「していただいこと」と「したこと」でゼロになる、それに加えて、自分に少なからず誰かに与えられるものがある、と思えることはそれなりに心地よいことである。その分プラスなのだ。20代にはかなわないが、少しずつでも成長し続け、「プラスマイナス>ゼロ」の状況を保てる人でありたい。

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