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 2か月前に始めた社員のブログ。それには主に2つの目的がありました。1つ目は、単純に文章力を上げること。そして、2つ目が社員それぞれの人となりを感じてとっていただくこと。それらは『志高く』と同様です。これまでXで投稿していたものをHPに掲載することにしました。このタイミングでタイトルを付けることになったこともあり、それにまつわる説明を以下で行ないます。
 先の一文を読み、「行います」ではないのか、となった方もおられるかもしれませんが、「行ないます」も誤りではないのです。それと同様に、「おなじく」にも、「同じく」だけではなく「同く」も無いだろうかと淡い期待を抱いて調べたもののあっさりと打ち砕かれてしまいました。そのようなものが存在すれば韻を踏めることに加えて、字面にも統一感が出るからです。そして決めました。『志同く』とし、「こころざしおなじく」と読んでいただくことを。
 「同じ」という言葉を用いていますが、「まったく同じ」ではありません。むしろ、「まったく同じ」であって欲しくはないのです。航海に例えると、船長である私は、目的地を明確に示さなければなりません。それを踏まえて船員たちはそれぞれの役割を果たすことになるのですが、想定外の事態が発生することがあります。そういうときに、臨機応変に対処できる船員たちであって欲しいというのが私の願いです。それが乗客である生徒や生徒の親御様を目的地まで心地良く運ぶことにつながるからです。『志同く』を通して、彼らが人間的に成長して行ってくれることを期待しています。

2023年12月

2024.07.13Vol.28 試み1と試み2(竹内)

 ポール・マッカートニーが来日し、ツアーを行ったのは2015年。父が大阪公演のチケットを取ってくれたので、一緒に見に行くことになっていたその日、就活中だった私は選考のために京セラドームではなくまず京橋に降り立った。グループディスカッションでは良いとこ無し、その後地下鉄の窓に映った自分の顔を見ながら、「ほんまに自分の意見出すのも、みんなの意見まとめるのもできへんな」と自己嫌悪に陥っていた。ちゃっかりライブは楽しんだが、根本的にそんな自分のままだったので、2019年4月の内部生向けの「志高く」にはものすごく打ちのめされた。きっといつかnoteにバックナンバーとして掲載されるはずなので、ぜひ読んでいただきたい。自分ができなかったことを、子どもたちにはちゃんとできるようにしてあげたい、と心から思っている。
 いつも1つの話題で最後まで文章を引っ張ってしまう。そうならないよう思い切って話を変える。「志高塾で受験に臨む」という形を提供し続けて久しい。ここでいう「受験」とは、ほとんど「中学受験」のことであった。昨年度も3校それぞれでその対策を行っていた。それだけではなく、高校・大学受験生も際立って多かったというのがこれまでと大きく違った点の一つである。小学生から通っていた生徒も1人2人ではない。受験の先にまで生きるものを身につけさせるという思いのもとで指導をしている我々にとって、そのような生徒がいるということの意味はとても大きい。決して通塾期間の話がしたいわけではない。中学以降に入塾する生徒の場合、より子ども本人が作文することに何の意味があるのかを見出せないと続けてもらえない。その点で、「このやり方が良い」と思ってもらえたことには我々の対話の積み重ねが少しくらいは影響を及ぼせたのだろう。ボリューム層だった高3生が卒業し、教室としての一つの区切りの年であったように個人的には感じていた。
 もちろん日々は続いていくのだが、これまでにやってきたことを繰り返すだけではなく、新しい挑戦が必要なのだと思う。コロナ禍での対応や、引っ越しなどで通塾が難しい生徒に向けて行っていたオンライン授業は、門戸を広げて海外在住の子どもたちとも繋がっていくことを目指しているし、月間報告が隔月になったのは大改革である。これらを「挑戦」とまとめるのはやや不適な気もするが、このような変化によって「もっとこうするべきじゃないか」というものが生まれ、より良いものを届けられるようになっていく。
 さて、先の通り月間報告が隔月になったことに関しては、内部生に向けて配布した「志同く」のコラムでも触れた。そこで「これまでよりもゆとりが生まれる」ということを述べていたのだが、その「ゆとり」の使い方の一つとして、講師の研修会を行うことにした。このこと自体は以前から(新年度を迎える時点では)決まっていたのだが、何をどのようにするのかという点を細かく詰められていなかった。そんな最中、ビジネス本紹介で取り上げた『無印良品の、人の育て方』内にあった食品部門の話が目を引いた。無印の食品といえばカレーを思い浮かべる人はきっと多い。あの種類豊富なカレーは、一流のシェフとタッグを組んで開発されているのである。この「一緒に作る」という点を応用できないか。これまでにも勉強会的なものは何回か開いてきたのだが、堅苦しいものになりがちだった。それを打破したくて、今回は「ワークショップ」として参加者全員でとある入試問題の「設問」を考えてみる、という内容を4グループに分けて進めてみることにした。本文に付された傍線箇所について自分たちで問題を作り、実際には何が問われたのかを確かめるという流れである。今までは扱う題材を先に共有して各自確認してもらうようにしていたのだが、この1回の中で完結させるためにあえて事前課題も無しにした。これに関しては今後の研修内容によって柔軟にしていくべきではあるものの、新しい形で初めてすることだからこそ、今回は思い切ってみて良かった。こういうことを今後も継続していくことで、これからの生徒を大きくしてあげるための新しい風を吹かせる。
「答え」ではなく「設問」を作るというのは、本文の内容を踏まえて「何を考えさせたいか」を明確にしていくことに繋がる。それは講師自身がその話の肝を掴むということでもあり、どうやって子どもたちにそれを理解させてあげるのか、というのに重点を置くというまさにやり取りにおいて大切な「問いかけ」を工夫することに繋がっていく。読解問題には模範解答があるが、志高塾ではそれと細かく照らし合わせながら丸付けを行うということを禁止にしている。それに引っ張られてしまって生徒の言葉や考えをきちんと見ることができなくなってしまうからだ。このことを可能にするためには、正解だけではなくてその幅を知っていることが必要なのである。そのために、「答えを出してみましょう」ではなく、「問題を作ってみましょう」というアプローチにした。なお、この過程を経たうえで、直前期の過去問演習ではより厳密に要素の精査を行う。ここまで書きながら、我々がやっているのは「答え合わせ」というよりも「内容確認」で、初めの教材である『コボちゃん』からずっと地続きなのだと気付かされる。
 「講師の研修会」の「講師」にはもちろん私自身も含まれる。今回は進行役だったのだが、各人の意見を拾い上げながら、この研修の意味を伝えられたことは、「あの時」よりも自分ができるようになったことを1つ示しているのではないだろうか。空気に飲まれるのではなく、空気を作ることができた。この違いは、結局準備の差だったのだということを、今はきちんと受け止めている。「あの時」の話にどうにかして着地できた。

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